2020年3月30日 (月)

志村けんさんの訃報に

志村けんさんが、亡くなった。

新型コロナ肺炎によるものということが、余計にショッキングなことだった。

志村さん死去のニュースを見て、涙があふれてしばらく止まらなかった。

実は私はドリフの中ではカトちゃんが好きで、志村はそれほどでもなかった。

それでも、涙が止まらなかったのは、それだけ笑わせてもらったからなんだろうと思う。

そして、子供の頃からドリフを見ていた者としては、知り合いが亡くなったのと同じような感覚を覚えるのだろう。

ドリフの思い出は、子供時代の思い出であり、家族の思い出でもある。

ディスコばあちゃん、バカ殿、「志村、後ろ!!」のギャグ、ドリフの西遊記、ひげダンス、変なおじさん、・・・

「8時だよ! 全員集合」を無性に見たくなった。

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そして、コロナであろうとなかろうと、人は必ず死ぬ。

多くの人が亡くなった東日本大震災から九年。

このコロナ禍は、人に、生きることと死ぬことについての問いを突きつけているように思えてならない。

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2020年3月 1日 (日)

心の濁った人の見る、濁った現象世界

精神世界や仏教では、現象世界はその人の心の投影だと言われたりするけれども、最近の武漢肺炎への政府の対応への主としてネット上の批判を見るにつけ、さもありなんと思う。

心の濁った人には、人のすることが濁ったふうにしか見えない。

よこしまな心を持った人には、人のすることがよこしまにしか見えない。

燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんやという言葉を思い出した。

Twitterなどで罵詈雑言を垂れ流している人は、全世界に向かって、自らすすんで自分の心の醜さを発信しているわけで、かわいそうだなあと思う。

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2020年2月19日 (水)

淡々と、粛々と

コロナウイルスについて、生物兵器だとかいう話も出ている。

しかし、それが生物兵器であるかどうか、真相は神のみぞ知るであって、われわれにはうかがい知ることができないし、知ったところで大した意味は無い。

池田晶子さん風に言えば、われわれは戦乱の時代には戦乱の時代を生きているし、疫病の時代には疫病の時代を生きているという、それだけの話である。

坂爪さん風に言えば、いかに死なないようにするかではなく、いつ死んでもいいように生きるのが大切である。

騒いだところで、何を、どうしようもない。

大切なのは日常を、目の前の一つの仕事を、周りの人との交歓を、一つ一つ丁寧に、変わらず、淡々と粛々と行うことではないだろうか。

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2020年2月16日 (日)

「コロナでなくても人は死ぬ」

新型コロナ(武漢肺炎)ウイルスをめぐって、ツイッターは大騒ぎである。

これまで安倍総理の応援団だったような人が、手のひらを返したように口汚く政府を罵る。

ある人曰く、「政府は国民の命を守ってくれない。皆さん、自分の命は自分で守りましょう」と。

は? そんなの当たり前じゃないか。

曽野綾子なんて、しょっちゅうそういうことを新聞に書いてる。

池田晶子さんだってそうだったと思う。

は、あんた今まで誰かが自分の命を守ってくれると思ってたの? と言うかもしれない。

とにかく、今Twitterを見ると、心が汚れる。なので見ない方がいい。

人の心がこんなに醜かったか、人間がいかにエゴイスティックであるかということが、本当に、如実にわかる。

閑話休題。

コロナで大騒ぎしているが、そも、コロナでなくても人は死ぬ。

池田晶子さんが昔おっしゃった、「テロでなくても人は死ぬ」の流用である。

人が死ぬ可能性は、どこにでも転がっている。

疫病だけでなく、戦争、テロ、事故、災害、等々。

そんなのは古今東西変わらない。

メメント・モリ。

別に今が特別な時代ではない。

人類の歴史とはそういうものだったではないか。

我々は今そういう時代を生きている。ただそれだけのことだ。

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2020年2月14日 (金)

武漢肺炎とわたしたち

Twitterでは武漢肺炎で盛り上がり、まさにユーザー総評論家の観を呈している。

我々一般の市井人にはこのウィルスに関する詳細はわからない。

わからないものについて憶測してみたりあれこれ論じてみても所詮は詮無いことだ。

半年もすればいずれ真相は明らかになることだろう。

Twitterで四六時中新しい情報を追いかけるのも、ある意味時間の無駄だと思う。

事態がどんな方向に行こうとも、物事はなるようにしかならない。

だから、目の前の一事を一生懸命にするのだ。

それが最も大切なことだ。

評論家やましてや活動家になるのではなく、市井人として、目の前の与えられた一事を、一生懸命にする。

それと、坂爪圭吾さんがいいことを言っていた。

いかに死なないようにするかを考えるのではなく、いつ死んでもいいように、今を懸命に生きる。

そんな内容のことを言っていた。

その通りだと思った。

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2020年2月 6日 (木)

武漢肺炎に思う「ナショナルエコノミー」

武漢肺炎、一体何を、誰を信じればいいのかわからない。

中共の発表が信用できないのは当たり前なのだが、これがどれほど深刻な事態なのか、これから重大な事態が日本でも起こってくるのか、それともこの騒動は一過性のものであり、恐れるに足りないものなのか。圧倒的に情報が不足しているし、政府の発表も当てにならないと思う。(安倍政権を信頼してきた私であっても。)曽野綾子さんがよく言われているように、政府なんてものは所詮当てにならない、自分の身は自分で守るしかないのだろう。

さておき、チャイナで都市が封鎖された時点で日本政府はチャイナからの入国禁止をすべきであったのだが、それができなかったというのは、春節のインバウンド需要を逃したくないという、金儲け主義の経済界の圧力があったからだろうというのは、想像に難くない。

WHOなんてものを脳天気に信じる厚生労働省の役人などは阿呆の一言で片づけられるのだが、経済界は金の亡者であって、命よりカネというような奴らなので、ますますたちが悪い。

こういう状況を見るにつけ、生産も需要もチャイナに依存してきた日本経済のツケが今頃になっていっぺんに回ってきているような気がしてならない。

ちょうど「グローバル化」が喧伝されていた90年代初頭のことだった。私は西部邁さんの「発言者塾」に参加していたが、そこで、故井尻千男さんが、「グローバル経済ではなくて、ナショナル・エコノミーを大切に考えないといけない」と力説しておられたのが印象的だった。

あの頃井尻さんが危惧していたことが、今まさに現実となって起こっている。井尻さんは泉下で「だからいわんこっちゃない」と言っておられるだろうか……。

この30年間、日本経済は、日本人による、日本人のためのナショナルエコノミーをないがしろにして、ひたすら生産拠点をチャイナに移し、海外の需要をあてにし、インバウンドという名で海外からの旅行客を当て込んで、日本という国の形すらあやふやなものにさせてきた。その旗振り役をしてきた経済界と、それを追認し、そればかりか推進すらしてきた日本政府の責任は甚大だろう。

武漢肺炎の出現で、そういう路線はやはり良くないものだったということが、明らかになったのではないか。

我々はそれを突きつけられているのではないだろうか。

今ここで目覚めなければ、もう日本はだめになってしまうのではないだろうか。

目を覚ませ! と言いたいのである。

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2020年1月29日 (水)

この世は退屈しのぎ?

神がこの世(現象世界)を作ったのは、退屈を破るためだった、というようなことが、保江邦夫先生の本に書かれているし、精神世界ではよく言われていることである。

この話は、人はわざわざジェットコースターに乗ったりオバケ屋敷に行ったりして怖い思いをしようとすることからも、納得できる。

幸せで充足しているなら、わざわざそんなことをしなくてもいいのに、それをしてしまうのが人間である。

だから、大いに怖がれば良い。怖がることを怖がらなくて良い。怖がることを楽しめば良い。

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2019年12月19日 (木)

同窓会

昨夜は中学校の卒年縦断的同窓会だった。

参加することをずいぶん逡巡したが、参加して本当に良かった。

手術から2年4か月。

Drからは、「そろそろお酒もいいと思いますよ」と言われていたので、赤ワインをグラスで頼み、ウーロン茶と交互に、グラス3分の2杯ほど飲んだ。

久しぶりの赤ワインは、とてもおいしかった。悪酔いも全くしなく、昔と同じように飲むことができた。うれしかった。

その場の雰囲気も良かったので、おいしいお酒を飲むことができた。

大腸がんが見つかる前、お酒を飲むと蕁麻疹が出たり、お酒がおいしいと思えなかったりしたけれども、昨日はそういうことが全くなかった。

体が健康体に戻っているということなんだろうか。

有り難いと思う。

Drのお墨付きを得たということも大きいに違いない。

アセトアルデヒドがどうのこうの、そういうのは考えない。

あまり神経質にならずに、人生を楽しもうと思う。

今死ななくても人はいつか必ず死ぬのだから。そしてそれまでの人生なのだから。

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2019年12月13日 (金)

ライブアーチストとしての小田和正

実は、オフコースを知った頃、このバンドはライブ向けではないと思っていた。

多重録音で音を重ねてレコーディングをしているので、ライブでは音が薄くなるし、それほど上手ではないと思っていた。

小田さんがソロになった頃も、オフコースはコーラスで売っているのに、そろになったらだめなんじゃないか、と思った。

しかし、全部間違っていた。

小田さんはソロアーティストとして大活躍、そのコンサートは払ったお金の分だけ、いやそれ以上の満足感をオーディエンスに与えるさまざまな創意工夫がなされていた。音楽的クオリティの高さは言わずもがなである。

かつての自分の不明を恥じる。

小田和正は、「オフコースの」がつかなくても、ものすごい底力を秘めたアーチストだったのだ。

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小田さんの最近のCDを聴いて

小田さんのアルバム『どーも』と、マキシシングル『この道を~小さな風景』を一通り聴いてみた。

思ったのは、これまで以上に、過去を振り返る歌詩、それも、これまでの人生を振り返ってその総仕上げをするような歌詩が多かったということだ。そして、曲調も、人生を感じさせる壮大なスケールの曲が多かったように思う。

それはそうだ、小田さんも72歳だもの。あまりこういう言葉は使いたくないが、人生の晩年期にさしかかっていると言っても間違いではないだろう。でも、それは当然寂しくもある。

こういうCDを出していたからこそ、ファンやそうでもない人も、何かを察してチケットが取りにくくなったということもあるのだろう。

でもまだまだ歌い続けてほしい。

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