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2005年5月 7日 (土)

真夜中の弥次さん喜多さん

昨日、しりあがり寿のファンだというYの希望で
「真夜中の弥次さん喜多さん」という映画を見るために、
ショッピングもかねて三宮に繰り出した。

1円でも安くあげたいYの要望でチケットショップへ。
最初の店で、前売り券を売っていた。これだと
通常より300円安く入れる。

私「あるやん、これ買おうよ」
Y「いや、もっと安いんがあるはずや」

強情に言い張るYに屈してさらに他のチケット屋を
探すことに。が、その後何件か行ったチケット屋も
チケットそのものをおいていない、またはGWで休業
しており、結局見つからなかった。

「ほらみろ、やっぱり最初の店で買った方がよかったじゃないか」
「もっと安いとこがあるもん」
「どこや。じゃあ今からそこに連れてってくれ」
「三宮は知らんけど梅田とかにはあるもん」
「ほなら、今から梅田に行くっちゅうんか」

口げんかになり、気まずい雰囲気になった。
私とYとは外出すると結構こういうことでよくけんかになる。
そのたびに、お金と時間と手間に関する考え方が
そもそも違うのだと痛感してしまう。

Yは、どんなに手間や時間をかけようとも
1円でも安いものを手に入れたい、という考え方。
だから、アウトレットを探して遠くまで行くこともいとわない。

私は、値段と時間と手間を総合的に勘案して判断する。
だから、ときどき、後で「あっちの店の方が安かったなあ」
という事態にも遭遇する。
だが、手間と時間をお金で買う、という発想で買い物をすることも
必要なときがあると思っている。その値段が少々高くても、
その差額が手間と時間(とサービス)に見合うだけのものなら、
払ってもいいと思っている。

結局、1500円の前売り料金でチケットを買ってみることになった。
そもそも、日本では映画の料金は高いのだ。300円引きでも見ようと思わない
ような映画なら、最初から見るべきじゃないと思っている。
本当に見たい映画なら、いくら払ってでも見たいと思うはずだ。

で、肝心の映画はどうだったか。
人気脚本家の作品ということもあってか、
館内は爆笑の渦。
だが、私は何がおかしいのかわからない。
薬物中毒の弥次さんの幻覚の世界なのだが
あまりにハードコア過ぎで、ついて行けない。
しかも至る所にCGが使われていて、それがまた
気持ち悪い。なんだかたちの悪い悪夢でも
見ているようだった。

この映画のチケットをめぐって
口げんかするほどの意味があったのだろうか?
と考えると、思わず失笑せざるを得なかった。
どうも私はこの脚本家は苦手である。

まあとにかく、お金は人間が使いこなす手段に過ぎない。
その手段に振り回されるのは本末転倒も甚だしいと思っている。

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