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2005年9月29日 (木)

Lamp

インターネットで「冨田恵一」を検索していたら、偶然「Lamp」という3人組の
バンドに行き着いた。これが、すごくいいんだ。
ちょっと初期のキリンジを彷彿とさせるようなおしゃれな音で少しひねった
コード進行。男女混成ヴォーカルというのもすごく新鮮。

音楽的にも、またその活動もマイペースな(がっついていない)感じで、
すごくいい。ブログを見ると、オフ・コースの「ワインの匂い」とか、
キリンジの「P.D.M.」とか、細野春臣とか、好みの音楽も私と似通っている気が
した。まだ20代半ばの若者なのに、いい音楽をよくわかっているなあ、という感じ。

曲のタイトルも日本語で、日本語の歌詞を大切にしていると思われるのもすごく好感が
持てる。空気公団にしろ、このLampにしろ、いい音楽をきちんとわかった若い才能が
この日本にいるというのはうれしいことだ。

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やけ食い

バークリーからメールが来て、「今回は奨学金を出せません。今後もミュージシャンとして
技術の向上に努めてください」だと。
まあ、結果は予想できたが、坊主とは。で、「半年後にも奨学金試験があります」
「バークリーに入学してから1年後奨学金試験があります」「他の奨学金がネットでも探せます」
などと書いてあった。

しかし、私は今回のことをバークリーに行くなと言う天の声と受け止めた。
もともと受けたくて受けたわけではない。某精神科医のM氏があまりにしつこく
「アメリカに行くべきだ。そしてマリ○ァナでも吸ってきたら世界が変わるよ」
と言うので、既成事実を作るために受けたまでなのだった。

そもそも私はアメリカ嫌いである。アメリカかぶれも嫌いである。
アメリカに行く理由なんてない。
それが、この学校にいるとバカの一つ覚えみたいにバークリーバークリー
言うし、M氏にもいろいろ言われて自分を見失っていたのだった。
だから、奨学金の落選はかえって良かったと思っている。

が、やっぱり「お前の演奏はゼロ円だ」と言われて気持ちいい人などいない。
今まではストレスがたまると音楽で解消できていたのだが、
ミュージシャンをやっていると、音楽に関することでためたストレスを解消するのが
とても難しい。だからミュージシャンにはヘビースモーカーが多いのだろう。

が、私はたばこは嫌いだし、酒もあまり飲まない。
そこで、やけ食いということになるわけだ。
黒ごまパイをたくさん食べながら、コーヒーをたくさん飲んでしまった。
ああ、体によくない。

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2005年9月28日 (水)

修理

楽器店に行って壊れたねじを取り替えてもらった。
すぐできた。部品代だけでいいということだった。

その後、フルートを試奏。
定価20万弱の村松、三響、宮澤。
どれもいい。今使っている山葉(定価7万8千)のものと比べると
息が入りやすく、低音域から高音域までスムーズに鳴る感じ。
中域のGからF、GからEなどもスムーズに行ける。
いわばストレスが少なく、練習するのが楽しくなる感じ。
サルサのバンドで使いたいなあ。
テナー1本だけというよりフルートも使える方が表現の幅が
ぐっと広がる。

試奏が終わった頃、偶然にもオルガニストのSさんとばったり
会って、いろいろ話しながら帰った。

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2005年9月27日 (火)

折れた

今日の練習中、ネックをはずそうとしてねじをゆるめようとしたら、
「ポキッッ」という音とともにねじが折れた。
驚いたのはむしろ周りの人たちのようだった。

シリンダーの中の方で折れていたので、どうだろうと思って
いつもお世話になっている楽器屋のリペアマン氏に電話したところ、
すぐに直るとのこと。

ただし、私の楽器はヤマハ82Zのノーラッカーなのだが、
ノーラッカーの部品はなく、ラッカーつきのねじになるそうだ。
こだわる人はねじ1本にすらこだわるのだろうが、
私は別にそこまでこだわるつもりはないし、与えられた条件で
最大限のいい音を出すのがミュージシャンだと思っている。

それにしても、もう半年ぐらい?楽器が壊れる夢をなぜか見続けていたのだ。
その夢は、楽器を落としたり、楽器がぼこっと凹んだり、というような
もうどうしようもないぐらい激しく壊れる夢なのだが、いつも目が覚めてから
ほっとするのだった。今回壊れたのがねじ1本でよかった。

それにしても、大阪の商人はすごい。
顧客は相当多いはずなのに、電話で私が名字を言っただけで、
私のことを覚えていた。こういう商人魂は見習うべきだと思う。
覚えてもらえていると、こちらもうれしいものだ。
大阪で買い物をすると、いつもそのプロ意識に感心させられる。

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2005年9月26日 (月)

他人の練習法

人が、どういう練習をしているか聞いてみるのも
学校に通うことのメリットである。
テナーのO君に、「どんな練習してるの?」と聞いてみた。
すると、1冊の本を見せてくれた。
ll-V-lのフレーズ集だった。
その本にはll-V-lフレーズがたくさん載っていた。
それをメトロノームに合わせて12キーでやる。
それしかやっていないという。
これはほんとに根気の要る練習だ。
しかし、O君はこれをやっていると「脳からアドレナリンが噴出する」
そうだ。
面倒くさがりの私に合っているかどうかはわからない。
人にはそれぞれ合った練習法があるからだ。
しかし、ときどき他人の練習法を聞いてみるというのも参考になるものだ。

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2005年9月25日 (日)

練習日記

昨日のライブのショックもあってか、今日は一日寝込んでいた。
しかし、そんな中ふと立ち現れてきた思いがあった。
それは、「女は顔形じゃない」ということだ。
昨日の観客は若くてきれいなセレブギャルたち。
でも、おそらく自分の知らないフィールドのものには
全く無関心な人たちだった。
私は好奇心のない女性には興味がない。
若くてきれいでいいべべ着て、スタイルもよくて、
とくれば、男なら一言かけたくなるところだが、
でもそれで内面を磨くことをしなければ、若いうちだけだろう。
自分にとっては、そういう人と仮に恋愛したとしても、
すぐにつまらなくなるだろうなと思ったのだった。

さておき、夕方も6時になってからようやく練習に。
隣の練習室で、アルトのI君とテナーのO君がマイナスワンを使って
セッションしていた。

私はO君のテナーのファンである。
もう、何というか、彼の音を聴いていると、ジャズが楽しい音楽だという
ことがびんびんに伝わってきて、すごくうきうきしてしまう。
彼の屈託のない人柄にもよるのだろう。
デクスターみたいにぶりぶり、ゴリゴリ楽器が鳴っているし、
少々音が外れても外れていると思わないのである。

で、私も含めて3人でセッションした。
とても面白かった。個人で師匠について教わるのと違って、
お互いに刺激しあって向上するというのが、
学校というシステムのよいところなのだろう。
そういう良さをもっと有効に利用するべきだったなあと思う。

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恒例サタデーライブ

今日は毎月恒例のサタデーライブだった。
今月はジャズセットと位置づけて、我々が演奏した曲は
ジャズスタンダード4曲。もうそれこそ誰でもが知っているような
「ド」がつくぐらいのスタンダードだった。

……が。
お客さんの大半は、2ndステージの女の子デュオの友達と
思われる若い女の子たちで、演奏が終わっても「?」状態。
何度もここで演奏させてもらってるが、こんな反応は初めて。
結局4曲演奏した後も、微妙な空気が漂ったままだった。

まあ、いつもながら我々の演奏にそれだけの魅力が乏しいという
のは、練習不足を含めて認めるとしても、いい音楽とは何なのか、
ということを改めて考えざるを得なかった。

ライブが終わってから、マスターの訓辞がひとしきり。
「自分ら、お客さんの客層とか年齢とか見ながら、引き込んで行く
ようにせなあかんで」。
「たとえばジャズやるんでも、サザンの曲をジャズでアレンジするとか」。

まあ、言わんとすることはわかるけれども、レストランなので、
消去法でジャズが残ることになる。ほんとはハードロックをできれば
最高なんだけれども。そういうわけにもいかないし、ということで、
無難にジャズということで、そこに渾身の力を込めてやっているつもりなのである。

お金をくれるのはお客さんなので、それに対して文句を言うわけにはいかないのだ
けれども、今日のような状況をどう捉えたらいいのだろう。

学校ではほぼジャズしか教えてくれないし、ジャズの話しかしない。
むしろジャズのことを知らなければバカにされてしまうので、
私も一生懸命ジャズを聴き、勉強したし、練習してるわけだ。

しかし、世の中から見れば、いや、音楽世界の中でさえ、
ジャズは一つの分野に過ぎないのであり、スタンダードに及んでは
なおさらである。そういう実に狭いところで我々は、うまい下手とか、
どうのこうの、言ってるわけだ。嗚呼。

我々ジャズの学校でしゃかりきになってやっていて、ジャズが音楽生活の
すべてみたいになってしまっているけれども、広い世の中ではそれはごく
部分的な話で、もちろんお金になんかならない。

ではなぜ、オレはこんなに必死になってまでジャズをやっているのか?
いったい何のために?誰のために?
ナゾはふくらむばかりである。

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2005年9月21日 (水)

風邪2

しんどさは峠を越えたが、夜になるとウイルスが活動しているようだ。
以前は年中行事のように、年に2回は風邪をひいていたのだが、
管楽器を始めてから、喉が鍛えられたのか、あまり風邪をひかなくなっていた。
素人ながら原因を考えると、睡眠不足とか、管楽器の練習量が少なくなっていた
こととか、動物性蛋白質の摂取を控えていたこと、鼻うがいを怠ったこと、
精神的ストレスの蓄積など、さまざまなことが積み重なった結果だろう。
まあ、あまり原因を考えても仕方ないのだが。
もっと練習して筋肉を鍛えなさいという天の声ではないかと思った。

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2005年9月20日 (火)

風邪

どうやら本格的に風邪をひいてしまったらしい。
鼻水が出るし、喉がいがいがするし、汗もだらだらなので、
熱もあるのだろう。そう言えば、
クラシックコンサートの日ぐらいから喉がちょっとおかしかった。
ここのところ暑くなったり、寒くなったりして、気温変動があったし
また体の疲れがたまっていたというのもあるのだろう。
それに、このブログでも相当怒っていたので体にいいわけない。
そういう様々な体や心の歪みを、風邪という形で体が教えて
くれているのであろう。

こういうときは無理して治そうとしない方がいい。
「病む時には病むがよく候」。
風邪をひくということは、体がいろんな毒を排泄する調節機構が
はたらいているのだということをどこかで読んだことがある。
そうして再び体がリセットされてすっきりするのだろう。
幸い仕事も繁忙期を抜けたし、学校も今は少し落ち着いている。
よく寝てよく食べてゆっくり休もうと思う。

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2005年9月19日 (月)

よくわかる郵政民営化

「よくわかる郵政民営化」がわかりやすい。
先日「ミスター円」の榊原英資さんが、「今の郵政民営化法案は
欠陥法案であって、反対するのは当然だ」旨の発言をしておられたが、
福留功男や久保純子らのキャスターは慌ててその発言を遮ろうとしていた。
やはり、TV局の圧力があるに違いないと思った。

産経は、相変わらず郵政民営化推進の論調で、
それはきっといまだに東西のイデオロギー対立時代の
古い思考様式に囚われているからなのだろう。
まず産経の脳みその中身自体を「改革」すべきではないか。

もはや左がどうの、右がどうのという時代では、とっくにない。
東西対立が10年以上前に終わって、日本がアメリカという
システムの中に完全に組み込まれるか、それとも日本という国柄を
守るか、という話になってきているのだ。

自民党の中の、「わが国の伝統や国柄を守る」という考え方の人たちが、
小泉のクーデターによって粛清されたという話なのである。

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アレンジゼミ筆記試験

今日はアレンジゼミの筆記試験だった。
試験問題は簡単だったが、それほど自信を持って
解答したわけではなかった。ボイシングの
根本的なところから、よくおさらいしないといけないと思う。

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2005年9月18日 (日)

クラシックコンサート

学校のクラシックコンサートに裏方で参加。
ギターのN先生がオリエンテーションで、
「この業界は時間厳守が命。一度遅刻したら次から
仕事が来なくなる」と。シビアな世界ではあるが、
逆に言えば時間さえ守ればあとは何しててもいい
とも言える。

さて、今回のコンサートはクラシックギターとピアノが
約半々の割合。あとは、バイオリンが1名、エレクトーンが
若干名。

みんなうまい。やはり楽器そのもののいい音を最大限
引き出すことが大事なんだなと、袖で聞いていて感じた。
いい演奏というのは、クラシックギターのあのナイロン弦の
音色がほんとうに息づくように聞こえる。

タイムキープもけっこう気を遣い、裏方の仕事の大切さを
感じた。勉強になった。

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2005年9月17日 (土)

フルート

久しぶりにフルートの練習。
けっこういい音がするじゃないか、と思ったが、
少し吹くと口が疲れてしまった。
やっぱり毎日練習しないと駄目か。
にしても、ヤマハのフルートは意外と?いい音がする。

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「規制緩和」の結果は

小泉と竹中が共謀して進めている規制緩和。
その規制緩和の末路がいかなるものであるか、
その現状を、NHKスペシャル「タクシードライバーは眠れない」
が描き出していた。

大阪では、タクシー業界の規制緩和の結果、
値下げ競争が激化し、長時間労働で労務管理もおろそかになり
事故も多発、乗務員は「働けど働けど楽にならざりわが暮らし」
という石川啄木の歌を地で行く生活を強いられているという。

規制緩和がこのような結果をもたらすことは、約20年前、
アメリカの航空業界で規制緩和がなされた結果過当競争が起こり、
経営の安定と、最も重要な安全さえも
おろそかになったという歴史をみれば明らかなことであった。

しかし、それは意図的に無視されてしまったのであった。嗚呼。

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賛成か?反対か?

「郵政民営化に賛成か、反対か」を勝手に争点にされて
実施されたこのたびの選挙。
小泉は「これは郵政法案に対する国民投票だ」とうそぶいたが、
9月15日の『日刊ゲンダイ』によれば、細かく集計したところ
賛成票3389万票vs反対票3419万票
で、反対票が賛成票を上回っていたという。

「郵政法案が国民に信任された」というのは、
大量の死票を生み出す小選挙区制度を巧みに利用した
小泉のペテンだったというわけだ。嗚呼。

『日刊ゲンダイ』は面白い。
特に面白いのが、元巨人投手の野村貴仁の連載で、
野球界に蔓延する「グリーニー」というドラッグについての告白。
米野球界は言うまでもなく、日本球界もドラッグ汚染の疑いがある
ということを告発している。

大新聞では絶対書けない記事がたくさん掲載されているのがいい。

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『いぬのえいが』

千里中央で「いぬのえいが」を見た。
冒頭は「なんじゃこりゃ?」と思ったが、次第に物語に引き込まれ、
ラストでは号泣。いい映画だった。

人は出会い、そしていつか必ず別れる。
そのときに、「ありがとう」と言って別れられる私でありたい。
だが、それが意外と難しい。

われわれは、そこにその人がいる、ということが当たり前の日常になると、
つい、そのありがたみを忘れてしまうものだ。空気や水がそうであるように、
それを失って初めて、その存在の大きさに気づくということが、
悲しいかな凡夫の常なのだ。

愛情でつながった間柄ならなおさらのこと。
いや、たとえそうでなくとも、昨日までそこにいた人が
ある日突然いなくなってしまうというのは、とてもさびしいものなのだ。

私の実家の裏のアパートに住んでるおっさんがいた。
彼は、「おっさん」と呼ぶのがふさわしいぐらいに腹が出ていて、
いつもランニングシャツを着ていて、いつも酒臭く、
その辺で立ちションをした。
そのため、あたりは異臭が漂っていた。
腹が立って注意したこともある。

だが、彼はある日夜中に救急車で運ばれ、入院したのち、
なくなった。

私は、たとえ自分にとっていやな存在であったとしても、
憎らしい存在であったとしても、いなくなってみると
寂しさを感じるものだとわかった。
あいつは憎らしかった、いなくなって清々した、とは
けっしてならないのである。

今、ここにこうして同じ時を過ごしているのはまさに奇跡である、と、
ほんとうに悟った人なら思うのだろう。そのとき、憎らしいと思っていた人で
さえも、いとおしい存在になる。

別れはいつか必ず来る。
そのときに、あのときにああしておけばよかった、という思いがなるべく
少ないように、出会っている瞬間を大切に過ごしたいものだ。
そのときに「ありがとう」と言えるように。

そんなことを考えさせられる映画だった。
犬好きはもちろん、そうでない人も、見ておくべき映画であると思った。

最後に、この映画に誘ってくれたYに心から感謝したい。

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2005年9月16日 (金)

郵便切手というメディア

昨夜、郵便学者の内藤陽介さんが、NHK教育TVの「視点・論点」
に出演しておられた。

内藤さんによれば、切手を見れば、その時の国家の様子がわかるという。
アンデルセンに関する記念切手一つとってみても、国によって様々。
たとえば、中国では、アニメの一シーンと見まがうような美しい切手を
発行した。また、豪華なブックレットの形で記念切手を発売している。
逆に香港は、中国風の切り絵のデザイン。これは、香港が中国に帰ってきた
というメッセージだという。

よく分析してみれば、その国の状況がよくわかる。
いわば、郵便切手とは国家を間接的に伝えるメディアなのである。と。

また、モナコという国では、世界に向けて記念切手を売ることが
外貨獲得の重要な手段となっているという。

こういう学者を出演させたのはさすがにNHK。

もしほんとうに「郵政事業が早晩立ちゆかなくなる」のであれば、
そういう「公共事業」の方策だってあるだろう。日本の美しい記念切手を
海外に向けて発売すれば、世界中の切手マニアはそれを買うだろうから、
収入源にもなる。「日本」を海外に知らしめると同時に、外貨も獲得できる。
一石二鳥。このように、工夫の余地はいくらでもあるのだ。

恐ろしいのは、今回の郵政選挙で、こういった地味でまじめな
学者たちの意見がまったく抹殺されたことだと思う。

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2005年9月15日 (木)

オーディション

今日は学内秋季コンサートのオーディションだった。
私は2つのバンドで参加。
今までに比べるとあまり緊張せずリラックスして
のぞめた。ミスもあったが、やるだけのことは
やりきったという感じ。
しかし、本番では練習の6割ぐらいしか出せない
ということを肝に銘じて、眠っていても演奏できるぐらいに
日々練習をすべきだろう。

今日はみんな笑顔の人が多かったと思う。
人の笑顔を見るのはとても気持ちいい。
人を笑顔にさせるのはとても気持ちいい。

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2005年9月12日 (月)

選挙結果

衆愚制、マス・ヒステリーここに極まれり。
あほくさすぎて、怒る気にもならない。
アメリカの日本愚民化政策が60年経って完成したとも言える。
何年か前の青島都知事、横山ノック府知事政権の誕生を思い出すなあ。
結局しっぺ返しを食らったのは選挙民自身だったけど。

哲学者の池田晶子さんは「週刊新潮」で、「私は選挙なんてものに関心がない。
あれらの人々と自分が同じ種類の人間だとは思えないから……政治とか国家とか
いうものはつくりごとで、それに気づくほかない……云々」
と書いておられるが、そこまで世を超越できたらそれもまた天晴れなり。
だがそこまで悟りきれない我々俗人はどうしたらよいか。

一つ救いは、わが岡山県民は賢明であった。
市長から鞍替えし、刺客となった萩原氏を小選挙区では承認しなかった。
郵政法案に反対した平沼氏を堂々と大差で当選させた。
天晴れ。自民党執行部の恫喝に屈せずよくやった、と思う。

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練習日記

朝一で学校へ。
昼まで練習。練習時間が経つに連れて、体が戻ってきた感じ。
サックスはやはり時間をかけるほど楽しくなる楽器だと言える。

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2005年9月 8日 (木)

「小さい政府」のなれの果ては

アメリカ南部のハリケーンの被害には誰もが驚いただろう。
しかし、あれがアメリカの現状なのだ。
もはや、アメリカは国家の体(てい)をなしていない。

あの水浸しはハリケーンの風雨によるものではなく、
堤防が決壊したためなのだった。
で、その堤防は、何年も前から修復の必要性が指摘されていたが、
公共事業費の削減によって、そのまま放置されていたという。

小泉総理の叫ぶ「小さな政府」の未来の姿が、
あの惨状なのである。
われわれは、日本がそういう国にならないよう、
肝に銘ずるべきだと思う。

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作曲技法

オリヴィエ・メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」を題材に、
MTLというスケールから作り出される音の宇宙と
それによる様々な方法について。
こういう話を聞けると、なんか教養が身についたような気がして、
「ええ話聞いたなあ」と思う。(笑)

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これからの日本を考える

小泉政治とは、日本の共同体的風土を破壊し、
アメリカ的な拝金主義、合理主義に日本を造り変えること
であるように思われる。
しかし、この思想は20世紀の遺物で、
時代の新しい流れに逆行するものではないだろうか。

競争と対立ではなく、共生と互助へ。
カネやモノではなく、こころへ。
この国がそういう方向へ、すすんでほしいと
私は願っている。

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小泉政変を考える

小泉政変を考える上で、今月の『正論』に
八木秀次氏が注目すべき論文を書いている。

小泉は先の選挙で「73歳定年制」を名目に
宮澤喜一と中曽根康弘を追放した。
さらに、橋本派も追放した。
この選挙では亀井派と、さらに安倍氏までも
つぶそうとしている。
ポスト小泉は小泉氏自身なのだ、と。

この分析は正しいだろう。
なぜなら、八木氏が書いているように、
今回小泉総理に粛清された議員の中には
安倍氏と近い人もいて、安倍氏の立場は
大変微妙になっているからだ。
非情な小泉総理は、こういう「踏み絵」みたいなことを
平気でする。まさに血も涙もない。

ついでに言えば、『正論』の同じ号に
櫻井よしこさん、西岡力さん、横田早紀江さんの鼎談が
載っている。

国民の間では小泉総理は拉致被害者を
取り戻した人と思われているようだが、実際は
日朝宣言にサインしに行っただけである。拉致被害者を
取り戻すよりも、小泉総理は国交正常化を焦っている、と。

郵政民営化についてまったくわからなくても、
正常な神経を持った人間なら、
マドンナ候補だとかIT成金社長だとか、ああいう人を
平気で送り込むというのが尋常ではないことぐらい
わかるだろう。

私が小泉総理を評価しないのは、彼の話す内容が、
国民の、国民に対する憎悪を煽っているからである。
「民間」対「公務員」、「東京」対「地方」という対立を、
一国の総理大臣が煽ってどうする。

国難があるとすればお互いが互助の精神で助け合って
よりよい「国造り」をしていかなければならないはずなのに、
彼は、「ぶっこわす」ことだけしか考えていない。
40年遅れてきたゲバ学生のように。

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ロックセッション

今日は月に一度のロックセッション。
私はドラムで参加。
ビートルズのCome Togetherからギターソロ、
倍テンになってそのままパープルのハイウェイ・スターへ!
そして再びCome Togetherに。
新しい展開だった。
まさに、ジャズよりも自由な、何が出てくるかわからない
ロックセッション。
とても楽しい。

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2005年9月 6日 (火)

練習日記

台風の接近で休校。
しかし、台風が近畿に近づくのは明日だと言うが。

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2005年9月 5日 (月)

練習日記

不調。
2半のリードを使うと鳴りすぎる感じ。
かといって3番だと硬すぎる。
調子のいいときはどんなセッティングでも
鳴らせる感じがするが、今はその逆。
体力が落ちているようだ。
何をやっても面白くない感じ。

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2005年9月 4日 (日)

練習日記

今日は夕方1コマ練習。
ロングトーン、倍音、スケール、ATN教材。
音が自分の理想に近づいていない。
指が思うように回っていない。
サックスという楽器はちょっと練習しなかったら
すぐに下手になってしまう。
最低一日3コマぐらいは必要なんだろう。

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楽器の調整

楽器の調整をしてもらってから、
吹くのがとても楽になった。
タンポのべたつきがなくなり、フィンガリングもとても
滑らかになった。また、下から上まで楽に音が出る。
持つべきものはいいリペアマンだとつくづく思う。

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ジャムセッション 三宮

今日は月1回の三宮でのセッション。
ジャムセッションは練習のための動機づけとして
自分自身に課している。

さて、ボーカルのI先生からアドバイスを頂いた。
それは、テナーはアルト以上に音が大事、ということ。
テナーはアルトのような細かいフレーズを弾かない分、
音で聴かせることが大事、ということだった。
もっとロングトーンをして自分の音を作っていこうと思う。

後は、やはりアーティキュレーションの問題。
アーティキュレーションで表情をつける段階に、
もう入っているんだと思う。

もっと貪欲に、表現力を高める工夫をしようと思う。
そうすれば、練習もマンネリ化することもないだろう。

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2005年9月 3日 (土)

アメリカ文明の終焉

確か、誰かがどこかで書いていたと思うのだが、
アメリカの時代は9.11で終わった、と。
私も同意する。

20世紀はアメリカの時代だった。
大量生産・大量消費の物質文明の時代だった。
文化的にも、ジャズが生まれ、アメリカのポップスが世界を
席巻した。

しかし、アメリカのピークというのは1950年ぐらいだったのだろう。
フォードとか、プレスリーとか、ビーバップの黄金期。
アメリカはキラキラと輝いていたのだろう。
しかしもう今は衰退期に入り、最後のあがきを見せているのだと思う。

確かに、誰もが参加可能なジャズなどの文化は、今後も20世紀アメリカの
”遺産”として残ってゆくだろう。しかし、もはやアメリカに追随しアメリカを
礼賛するのは時代遅れである。

ファストフード・ファストライフの時代は終わった。
アジアには、スローライフの国々がまだ残っている。
我々は、これらの国にこそ学ぶべきではないだろうか。
ただやみくもに経済成長とか物質的な豊かさを追う
ライフスタイルから、こころやつながりを大切にする時代へ。
21世紀は、スローライフの時代であると思う。

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2005年9月 2日 (金)

ホーナークラビネット D6

心斎橋の楽器店でテナーサックスを調整してもらった。
そこにはフェンダーローズやウーリッツァーなど
ビンテージ楽器が展示されていた。
鍵盤弾きにとっては憧れの的である。
中でも垂涎物だったのが、
ホーナーのクラビネット。
シンセで弾くのと違って、弦の振動が指先に伝わってくるし、
強弱がつけやすいのがとてもいい。
思わずその場でなんちゃってファンキーミュージックを弾いてしまった。
いい楽器というのはほんとに人をハッピーにする。
ホーナーのクラビネット、欲しいなあ……。

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買い物

今日は船場方面へみんなで買い物に出かけた。
私はこんな巨大な問屋街に来たのは初めてで、
その規模の大きさに驚いた。
面白かったのは、民族楽器の店で、
ジャンベやカリンバ、レインスティックをはじめ、
普通の楽器店では売ってないようなものが
多数陳列されていた。
ありきたりの楽器よりもこういうマニア向けの
楽器の方が見ていて面白い。
演奏できればなお面白いだろう。
外を歩き回って、健康的な一日だった。

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お寺の法話

学校に行く途中に、浄土真宗のお寺がある。
そのお寺の壁に「今月の法話」というのが掲示されていて、
その内容を読むのを毎月楽しみにしている。

何ヶ月か前、こんな内容が掲載されていた。
私たちはずっと「人に迷惑をかけない人間になりなさい」と
小さいときから教育される。しかし、人に迷惑をかけずに生きられる
人間なんていない。人間は生きているだけでだれかの世話になり、
だれかに迷惑をかけざるをえない存在なんだ、という自覚が必要なの
ではないか。
というような内容だった。

「人に迷惑をかけない人間になりなさい」と言われて、それを実践しようと試みる。
これは、道徳のレベルでは大切なことである。
だが、実はそこから人間の傲慢というのが生まれる。
自分が道徳的優等生と思い込んで他人を裁いたりしてしまう。
これはかえって人間を真実から遠ざけてしまう。

人は生きていれば何らかの形で人に迷惑をかけざるを得ないものなんだ、
と自覚することからほんとうの謙虚さが生まれる。いかなる他人に対しても
「自分も同じ凡夫なんだ」と思える。

「人に迷惑をかけてはいけない」というのは、道徳のレベルの言葉である。
だが、「人は生きているだけで周りに迷惑をかけざるを得ない存在なんだ」というのは
道徳を超えた、真実の認識である。

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2005年9月 1日 (木)

西尾幹二さんのブログ

今回の解散総選挙について、保守系言論人の間でも考えが割れているようだ。
アンチ=フェミニストとして有名な林道義氏は、このたびの選挙に肯定的なようだ。
私はあまり与しないが。
そこで、西尾幹二先生のブログがとても参考になる。

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健康診断の結果

先日受けた神戸市の健康診断の結果が来た。
コレステロールが標準よりやや高め。
BMIも25で軽肥満~肥満(見た目はそうでもないのだが)らしい。
確かに、腹の周りにはつかめるぐらいに脂肪がついている。
多分、内臓にも脂肪がついているのだろう。
最近しんどいと感じることが多いのだが、
標準体重よりも8キロほど重いので、そのせいだろう。

もともと岡山にいた頃は標準を維持していたのだが、
音楽を専門にやるようになってからというもの、
ストレスのはけ口が食べることに集中するようになって、
とにかく甘いものが好きになった。
これがかなり影響していると思う。
また、ライブの後などに夜遅く食べることも多く、
そういう生活習慣を改めた方がいいのは確かだと思う。
後は、運動不足が原因だろう。

軽快な体になって心身共にすっきりしたいものだ。

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