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2005年11月28日 (月)

ライブリポート

昨日は武庫之荘のイタリアンレストランで、
塩崎愛理・鈴木一郎・中嶋成一トリオのライブがあり、
音楽仲間と聴きに行った。
塩崎さんは買ったばかりというハモンドXK3evolutionと、
簡易型回転スピーカーのmotion soundを使用。
もうおなかいっぱいというぐらいすばらしい演奏を存分に堪能することができた。


塩崎さんも、鈴木さんも、とにかくアドリブソロのフレーズがとてもよく歌っているのだ。
塩崎さんに、どうやってフレーズ考えてるのと訊いたら、自然に湧き出てくるらしい。
「分散和音やコードスケールの練習がアドリブフレーズに結びつかなくて苦慮している」
と言うと、「そんな練習したことなんかないよ。そんな練習やめちゃいなよ」と。
ま、それは軽い冗談だろうけど。
その代わりに、オルガンのCDをよく聴いているので、そのフレーズは自分の身に
しみこんでいるらしい。


やはり自分の歌いたいことを歌うというのが大事なんだろうと思う。
でないと、聴いている方も面白いはずがない。


これぞプロと思ったのは、お客さんからのリクエストを受け付けて、
その場でサマーサンバを演奏したことだった。オリジナル曲も2曲あり、そのうち
1曲はその日の昼にスパゲティを食べながら思いついた曲らしい。
彼女の曲はとても好きである。


私もオルガンの前に座らせてもらったら、鈴木さんに「とても似合ってる。
アメリカのハーレムに行ったときにこんな感じでオルガン弾いてた人が
いたのを思い出した」と言われた。そう、私はドラムとかオルガンの前に座ると
とても似合っていると言われるのだ。


音楽に対する真摯な姿勢が、とても好感の持てるすばらしいライブで、
私もとても勉強になった。

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2005年11月27日 (日)

LIVE in 御影

そのポップスアンサンブルの後、御影でライブだった。
4曲の内、新曲が3曲で、しかもリハはわずか30分ほど。
それでもやらねばならないというのがレギュラーバンドに課せられた
使命なんだろう、というのは先日書いた。
しかしきつかった。
いつも思うことだが、練習に練習を重ねないといけない。


私たちの次は、ピアノソロが1曲、その後、地元の某大学の軽音部のバンドの演奏だった。
しかし、セッティングの段階でもたもたして、端から見ていて何をもたついてるのか、
と思った。しかもその「もたつき」について何も切迫感がなく、メンバーはおのおの勝手に
音を出している。本番前に要らない音を出すことと、時間にルーズなこと、業界では
これは絶対に許されない。いくら若くてかわいい女の子たちであっても、
これでは嘲笑されるだけだろう。約20分押しで彼らの演奏が始まった。


その後はマスターたちと私たちとの合同演奏。
前述のようなトラブルもあってか、マスターの今日の演奏は何か鬼気迫るものがあった。
私も、前座でのふがいなさをどうにか挽回すべく魂を込めて演奏した。
そういうわけで終わったときには万雷の拍手だった。
ふぬけた演奏と魂の入った演奏の間には歴然とした違いがあるのだということを
見せつけられたような気がした。


演奏後マスターが延々と2時間、いろんな話を聞かせてくれたのだが、
その中で印象に残ったのは、「人の思い出に残る演奏をしなさい」ということだった。
私も今までいろんなライブを見に行ったけれども、本当に思い出に残っているライブ
というのはやはり何十年も業界で生き残っている、評価の高い人の演奏である。


これは音楽一つに限ったことではない。
何をするにも魂をこめて、すなわち、真心をこめてする、というのが、
人間生きていくうえでとても大事なことなのである。
そういう積み重ねというものが、すなわち、その場しのぎで生きてきた人と、
何をするにもその都度真心を込めてきた人と、年月が経ってみると、
それはとてつもない違いとなってくるのだろう。
この濃い~一日に、そんなことを考えさせられた。

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濃い~一日 

今日は、ものすごく濃い~一日だった。
まずはポップスアンサンブルについて。
ひとしきり我々の演奏を先生が聴いた後、神妙な調子で
「まあお前らちょっと座れや。」
そしてお小言が始まった。それぐらいひどい演奏だったのだ。
いや、うまいとか下手とか言う問題ではない。
ようするに、魂の入ってないいいかげんな演奏だから、先生は怒ったのだった。
当然である。魂のこもっていない演奏はノイズ(雑音)にすぎない。
そんな音を聞かされたのではたまったもんではない。
そして、やはりだてに講師やってるのではないなと思うのは、
「お前ら練習してないやろ」と見抜いたことである。


してないわけではないのである。
練習の日を設定しているのに、若干2名、来ない人間がいる。
私なんぞは映画を見に行く約束をしていたのをキャンセルしてまで
練習日にスケジュール合わせたのに、それを「忘れてた」とかなんとか
いかに言い訳しようとも、まずバンドのメンバーをばかにしている。
人をなめているのもほどがある。
お前ら、ほんまにやる気あんのか、というのは、先生に言われる前に
私が叫びたいぐらいだ。


だが、悲しいかなこれは連帯責任である。
そういう一部の不心得な人間によって練習ができなくても
叱られるのは全員なのである。


説教を聞きながら私は思った。
他山の石と言うが、けっして他人事と思わずに精進しなければならない。
人に音楽を聴かせる以上、なめてかかってはならないのだ。

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2005年11月25日 (金)

今日の一日

パットメセニーアンサンブルは新しい曲。
『OUTCAST』という曲をやった。
ちょっとカントリーっぽいところもあったりして、とてものどかで雄大な曲だと
思った。好きな感じの曲です。


学校の後、あさってのライブのために御影の店にリハに行った。
我々の次に、対バンの大学生達が使うというので、練習はわずか30分程度。
とりあえずテーマとキメとサイズを軽くさらうぐらいしかできなかった。
全員で合わせるところだけきちんとやって、あとは個人練習。
それでも本番はきちんとできなきゃならないというのがレギュラーバンドに
任された使命なのだろう。大変だ。

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2005年11月24日 (木)

京都 菊地成孔メロドロジー論

夕方から京都に行った。
河原町の駅を出ると、とにかくものすごい人の波。
やっぱり京都は都会だ。私の中のイメージでは東京に近い。
長い間都があった場所だから当然か。
京都にも一度は住んでみたいという憧れがずっとあったけれども、
やっぱりこれだけ人の多い所には住めないなあ、と今日思った。
もっとも、中心を離れればのどかなのだが、
私には、町の規模、人の気風など、神戸あたりがちょうどいいような
気がしている。


さて、今をときめく菊地成孔さんのメロドロジー論第2回。
大半がHIP-HOP論とその音源で、HIP-HOPに無関心な私には
ちょっと退屈だった。まあ、メロドロジー論の行き着く先が、この種の音楽
というわけだから仕方ないか。私としては、バークリーメソッドからリディアン・
クロマティック・コンセプトそしてラングメソッドへ、という音楽理論史的なことを
もっと語って頂きたかったが、講義の終わりに急ぎ触れただけだった。


それにしてもこの方は実に該博。
いつどこで勉強されたのか、実にいろんな知識が頭の中に整理されていると
お見受けした。横道にそれ出すととどまるところを知らず、次から次へと
いろんなネタが飛び出してくる。


また、ご自身も不安神経症を患っておられる(おられた?)だけあって、
フロイトが、ユングがとか、ラカンが、などと精神分析にも詳しい。
また、マルクスがどうの、資本主義がどうのとか、その辺の西洋思想史にも
精通しておられる模様。音楽を語りながら、これだけ知的好奇心を満たしてくれる
人はそうざらにはいないだろうなあ。さすが、東京から来た人は一枚も二枚も上手を行く。
来年には5世紀~20世紀の音楽理論史を某・音大でレクチャーされるらしい。
ああ、行きたいなあ。せめて関西でも集中講義みたいなのをやってほしい。

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2005年11月23日 (水)

日記

朝、やや遅めに起床。
ゆうべ寝苦しくて変な夢を見た。
大学院に再入学して論文を書くというので、東京へ行くという夢だった。
まあ現実には現段階ではありえないが、人間その気になれば
どこへ行って何をやっても生きていける。
ややマンネリズムに陥りがちな今の状況の変化を望む深層心理が
こういう夢となって表れたのかもしれない。


金曜締めの仕事をガーッと片づけた。
今日は快晴で気分も爽快だったのではかどった。
にしても肩が凝って仕方ない。ここんとこデスクワーク漬けだから。
夜は京都で菊地成孔。今回はどんなオモロイ話が聞けるのだろう。

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2005年11月22日 (火)

日記

朝、練習。
昼食後、ビッグバンドアレンジの続き。譜面を埋めていくのは面白い。
散歩がてら買い物。
再び練習。
夕食。
ああもう次の仕事のこと考えないと。

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2005年11月21日 (月)

今日の一日

朝早く起床。
雑用、買い物など。
今日はたまってた仕事を片づけようと決意。
気力のあるうちに仕事に取りかかる。
昼食を挟んでまた仕事。
眠くなったので散歩。帰って仕事。
仕上げてから一コマ練習。
やった! とりあえず予定はこなせた。


とにかく仕事優先の一日だった。
仕事をためると精神的によくない。何やってても仕事のことが脳裏を離れないからだ。
そういうときには朝練習もせずにさっさと仕事するに限る。
有無を言わさずバタバタと片づけたおかげでかなりすっきりした。


さて、頭を使うと甘いものが食べたくなる。
私は森永エンゼルパイが好きなのだ。
夕食後に2個食べたいのをどうにか我慢して、1個にとどめておいた。
今週はライブもあったりして、忙しい週になりそうだ。
……って来週にはもう12月やん! 早すぎる。

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2005年11月20日 (日)

石原さとみの演技に拍手(NHK「義経」)

いつも思っていたことだが、石原さとみの演技はすばらしい。
今日は特にすばらしく、見る者の心を打つものがあった。
子を失った哀しみや怒り、狂おしいほどの子への情愛や
義経への思慕などの感情を、これでもかというほどに
表現しており、涙すら誘った。


演技者というのは喜怒哀楽を自分の感情とは関係なしに、劇中人物の感情を
表現しなければならないが、これって精神的にとても大変なことではないのだろうか?
それとも、喜怒哀楽のエネルギーを発散できるので、かえって精神的には効能の方が
大きいのだろうか? その辺を本人に聞いてみたい気がした。

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練習日記

仕事優先のため、1コマだけ練習。
ATN教材と、フルートのロングトーン。
管楽器は音色が命。
いい音とピッチを作るためにロングトーンは必須。
NHKの末田正雄アナウンサーが鼻声だった。
風邪気味なのだろう。私も少し頭が重い。

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2005年11月19日 (土)

日記

昨日、今日と朝起きる気がしなかった。
とりあえず朝は起きるが、今日はその後再び昼まで寝た。
心労が重なっているせいかもしれない。
仕事も宿題もたまっているし。
昨日はポップスアンサンブルの練習だったのに、3人しか来なかった。
みんな、やる気あるんだろうか?
と、私一人が悩んでも仕方ないのだが。
何ごとも、完璧をめざそうとすると破綻する。
世の中、そんなに自分の思うとおりにいくわけではない。
実は自分が思っているほど重大なことではないのかもしれない。

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2005年11月18日 (金)

鳥インフルエンザの脅威

駅前を歩いていたら、中国人とおぼしき女性から、『大紀元時報』
いう新聞を手渡された。
彼女によれば、中国ではすでに鳥インフルエンザによる死者が
数百人、隔離されている患者が数千人に及ぶという。
しかし、中国共産党による情報統制のため本土はもちろん、
日本でもマスコミは協定を結んでいるため報道されていないという。


周知の通り、中国は共産党独裁政権のため、言論・報道の自由は一切無く、
新華社通信はじめ、報道機関とされるものも、中共の宣伝広報機関に過ぎない。
したがって、中国の実相はなかなか表に出ないのが現状である。
そういう「情報封鎖を突破し、中国の本当の情報をわかりやすく提供する」というのが
この『大紀元時報』の狙いらしい。
その勇気、天晴れである。


ぱらぱらと読んでみると、中国の人権弾圧、アメリカへの軍事スパイ、環境汚染による
死者、有毒食器など、既成のメディアでは決して書かれることのない、
かの国の生々しい現状が書かれていた。
こういったものを読めば、アジアの情勢がまた違った角度から見えてくることであろう。

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2005年11月17日 (木)

「言葉の雑学」

産経新聞夕刊1面に連載されているコラム「言葉の雑学」が面白い。
語源や関連する様々な語について解説を加えている。
たとえば、本日は「はしたない」について。
この言葉は
ハシ(ハシとハシをつなぐ間)+タ(ト=所の母音交代)+無い
つまり、他人に対して当然おくべき間合いがない→不作法
ということになるらしい。
言葉の成り立ちを探ると言葉がより面白くなるし、それに関連する言葉を
芋づる式に覚えることができる。これはどの言語でも同じだろう。
日本語に対する関心の深さ、これも産経新聞の特徴である。
このシリーズはぜひ本にまとめて出版してほしいと思う。

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2005年11月16日 (水)

NHK「よるどら」

NHKが23時からの時間帯に夜ドラを始めてから何年になるだろう。
夜ドラの第1作目は、確かシドニーシェルダンの『真夜中は別の顔』
かなんかで、吉川晃司と瀬戸朝香の共演だった。大胆なベッドシーンも
あるNHKらしからぬ企画ということで、当時週刊誌などでちょっと話題に
なったのを覚えている。


そういう「大人向け」というだけでは企画が続かないわけで、いろいろと
手を替え品を替え、今日まで続いているのはすごい。
今週からは、「どんまい」というタイトルで、相武紗季、三宅裕司、大竹まこと
らを起用し、介護に関わる女の子を中心に、介護の問題、家族の問題、ひきこもり、
仕事の問題などを描こうとしているようだ。内容的にはものすごく重いテーマを
含んでいるが、明るいキャストに救われている。
主題歌があの日本ポップスの大御所、尾崎亜美というのも、NHKなかなかやって
くれるじゃないかと思った。


「どんまい」の前は、「理想の生活」
というタイトルで、堺正章、風吹ジュン、高野志穂らの出演だった。これもまた
定年後の生活や高齢化社会の問題などを描いていた。
ちなみに今までで一番印象に残っている夜ドラといえば、酒井法子や中山忍らが
出演していた「女将になります!」である。


欠点といえば、ニュースの延長や災害放送があると時間がずれ込んだり
放送中止になったりすることである。


ともあれ、「どんまい」が今後どういう展開を見せるのか、期待したい。

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2005年11月15日 (火)

冬が来た

朝から、きーんと張りつめた空気だった。
六甲山の山肌や木の葉一枚一枚がくっきり見えるほど、
また梅田のビルがはっきりと見えるほど、
澄んだ空気になっていた。
11月も半ば、本格的な冬が来たのだなあと思った。

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2005年11月14日 (月)

万博公園「太陽の塔」内覧

日曜日、「太陽の塔」を内覧した。
70年大阪万博のシンボル的存在だが、実はこの「太陽の塔」、
中に入れるのだった。(ただし団体に限る。)
秘密の地下道を通ってわくわくドキドキ。
太陽の塔の内部は、外部に優るとも劣らず神秘的であった。
70年万博のテーマは「人間とは何か」みたいなものだったらしい。
今年は環境をテーマに愛知万博が開かれたけれども、
私にはなぜか70年万博の方が親近感がある。
それは70年代に幼少時を過ごしたというノスタルジーからであろう。
それにしても日曜日は寒かった。急に冬が来た感じ。
このツアーを企画してくれたYに感謝。

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2005年11月12日 (土)

今日の教訓

昼食にフレンチトーストを焼こうと思って、卵をパックから
取り出そうとしていた。が、なかなか出ない。そうこうしているうちに、
手が滑って卵は床に落下し、割れてしまった。
せっかく安売りで買った卵だったのに、もったいない。


物理的な原因は、キッチンがとても狭いため、空中でパックをこじ開けようと
したことで、しかも開けにくいパックだったこと。
しかし、心理的な原因に思い当たる節があった。
考え事をしていたのだ。考え事といっても、半ば雑念とか妄念とかに近いもので、
昨日の出来事とか人間関係の問題とかを、他人を責める気持ちとか、いらだちを
もって思い返していたのだった。


以前にも同じ過ちをしたことがあって、その時もかなり苛立った気持ちで包丁を
握り、鶏のもも肉にぶすぶすと穴を開けていた。その瞬間、手が滑って、包丁が
宙に舞い、それを素手で受け止めようとした。「やばい!」と思って瞬間的に
手を引っ込めたのが不幸中の幸いで、指は落ちることなく済んだ。
が、指の皮がべろんとめくれ、血がどくどくと湧き出たのだった。


要は、雑念をもった状態で料理などしては絶対にいけないということだ。
とりわけ、怒りとか他人を責める気持ちとか、いらいらとか、そういう感情を
持って料理をしてはいけない。刃物を持っていれば命にもかかわることを
肝に銘じるべきだろう。
台所に立つ時には、心を静めた状態にして、料理に集中すべきなのだ
ということをまた知らされた。合掌。

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追悼 本田美奈子さん

本田美奈子さんの訃報を聞いて、「えーっ」と驚いた。
38歳。ほぼ私と同時代を生きてきた人だ。


デビュー当時のちょっとワルな感じの歌は、正直好きではなかった。
しかし、最近クラシックの歌唱法を身につけて、高らかに朗々と歌うのを
テレビで聴いて、ほんとうに歌が上手になったなと思った。
そして、デビュー当時のあの姿は売り出しのために「作られた」姿であって、
ほんとうはこんな清らかな歌を歌う人だったんだ、と知ったのだった。
私は、その歌声に、まるで天使のような、この世ならぬ清々しさを感じたのであった。


法名は「釋優聲」だそうだ。ということは、浄土真宗門徒であったのか。
真宗では、「戒名」ではなく、「法名」という。これは、生きているうちから
いただくこともできる。平等を旨とする真宗なので、位も何もない。
みんな、「釋○○」という。
真宗では、死を「穢れ」ととらえることもしないし、死者のための追善供養もしない。
「冥福」を「祈る」ということもしない。
なぜなら、なくなった人は浄土に還ったのであり、迷っているのは死者の方ではなくて、
生きている我々の方であるからだ。


本田美奈子さんの訃報に接し、人間はいつか必ず死ぬ存在なのだということを
また改めて確認させられた。だからこそ、一日一日を大切に、また、出会う人との
出会いを大切にしなければならないということを教えられた。人は日々の忙しさの中で、
そういうことをつい忘れがちになるが、こうやってことあるごとに、「呼びかけられている」
のだろう。


「天使のような歌声」を残して彼女は浄土に還った。
南無阿弥陀仏。合掌。

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2005年11月10日 (木)

今日の一日

木曜日は忙しい。
副科ギターは先生とセッション。
頑張ってコードの押さえ方を覚えていこう。


アレンジゼミは、いよいよビッグバンドスコアを書き始めた。
スコアを書くのは自分にとってすごく楽しい作業だと知った。
何ごとも経験してみなければ分からない。
ひょっとして、演奏よりも譜面を書いている方が楽しいのかも、
とさえ思った。私には、アレンジという作業はとても魅力的である。


メセニーアンサンブルは、鍵盤奏者が3週続けて休みなので、
盛り上がらず、バラバラな感じ。どうしたもんだろう。


サックスの個人レッスンは、先生に「音がいい。正統派ジャズテナーの
音。今日は今までで一番いい音をしているのではないか」と褒められ、
とても嬉しかった。リードは新しい方が音が生き生きしているという
アドバイスも頂いた。新しいリードは息のスピードと腹圧がかなり必要なため、
それだけ生きた音がするのかもしれない。
そのあと、個人練習でフルートとサックスを練習した。

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2005年11月 9日 (水)

菊地成孔 in 英語でしゃべらナイト

先日、菊地成孔さんがNHKの「英語でしゃべらナイト」に
出演していた。彼が言うことには、
「日本人はなぜか英語をしゃべる時に、やれ発音が間違っていないか
などとおどおどしている。しかし、どうしたって我々はネイティブと同じになる
ことはできない。インドに行けば現地の人はインドなまりの英語をしゃべっているし、
フランスに行けばフランスなまりの英語をしゃべって堂々としている。
日本人も日本人の英語をしゃべって堂々としていればよい。
大切なのは、自分の言いたいことを伝えることだ。
伝えたいという気持ちがあれば、多少ブロークンでも伝わるものだ」
というようなことを言っていた。


なるほど、その通りだなあ、と思った。
これは音楽にも通底することで、日本人は得てしてアメリカ人のまねをしようと
するけれども、どうしたって同じになることはできない。菊地さんの言うように、
彼我のあいだには埋めることのできない隔たりがあるのだ。だから、私は、
日本人は堂々と日本人の音楽をやればいいと思う。まねをすることは、
勉強にはなるけれども、所詮それまでの話である。日本人はアメリカ人の
まねの上手な人をもて囃すけれども、向こうで評価される人はオリジナリティーの
ある人なのだと思う。


でも菊地さんのサックスはとても色気があっていい。
ジャズは歓楽街から生まれた音楽だが、
歌舞伎町の喧噪が好きで、雑踏の中にいると落ち着くという彼は、
まさに根っからのジャズ人間なのだと思う。

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2005年11月 6日 (日)

音楽療法セミナー

神戸ポートピアホテルで、スザンヌ・ハンザー博士という女性の
音楽療法セミナーがあるので、生徒は全員参加するように、と
学校から連絡があった。この学校は来春から音楽療法専攻コースを
開設するらしく、その前祝いみたいなものなんだろう。


竹下清志氏(ピアノ)とランドル・コナーズ氏(サックス)のデュオに始まり、
音楽療法の実践報告やら、ドラムサークルのデモンストレーションやら、
スザンヌ博士の講演やらと、いろいろなコーナーが、
休憩を挟んで3時間以上続いたが、私には最初のデュオの演奏以外は
退屈で仕方なかった。しかもホテルの大ホールを使っているから、
照明の具合が眠気を誘って仕方ないんだ。


ドラムサークルにはちょっとだけ期待していたけれども、何のことはなく、
これだったらふだんやってる練習の方がよほど楽しいやん、と思った。


スザンヌ博士の講演も何のことはなく、音楽にセラピー作用があることを
棒グラフなどで説明していたが、あまりに当たり前の話すぎて、退屈だった。
やっぱりこのセミナーは、生徒のためのセミナーというよりも、学校の
専攻科新設の宣伝のためのイベントという感じだった。


兵庫県の音楽療法士会の方や療法士目指して勉強中の方がたくさん
来られていたようだけれども、そういう人たちにとってはとても有意義な
イベントだったのではないだろうか。


かなり重い知的・身体的な障害をもった子どもさんに療法をほどこしている
様子を記録したビデオが上映されたけれども、それを見て、根気と愛情、
福祉の心というものをよほど持ち合わせていないと、
生半可な心ではできない仕事だな、と思った。

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2005年11月 5日 (土)

「にほんごのうた」

今日は「にほんごのうた」というライブを聴きに行った。
童謡や文部省唱歌からJ-POPまで、日本語の曲を
ピアノの浜村昌子さんと歌の溝口恵美子さんというデュオが
カヴァーするという企画。今回は「秋」がテーマだった。

まずは会場について。
神戸三宮の北の方にある「クレオール」というハコだったが、
ここに来るのは初めてだった。
メンテナンスの行き届いたヤマハのグランドピアノがあり、
照明もソフトな感じで、天井も高く、落ち着いた雰囲気で、
アコースティック向きの音響。
とてもいいスポットだと思った。12月にはグレッグ・オズビーも来るらしい。


溝口さんの歌を聴くのは初めてだったが、少しハスキーがかった独特の声で、
スキャットをするときなどはとても伸びがあった。スキャットと言っても、そんなに
難しいフレーズをやってるわけではないのだが、強弱とか表情の付け方が豊かなので、
その分とても説得力を持って伝わっている感じがした。
自分がサックスを吹く時の参考になった。


浜村さんがこういう曲を弾くのは初めて聞いたけれども、とてもよく歌っていて、
リリカルなピアノだった。ピアノという楽器の良さを改めて感じ、私もピアノを練習したく
なった。


今日演奏されたナンバーの中でとくにヒットだったのは、
はっぴえんどの『風をあつめて』とかまやつひろしの『我が良き友よ』。
前者は、「えっ? こんな曲もやるの?」という意外性に加えて、
ピアノデュオでやっても佳曲だと改めて感じたのと、
後者は、溝口さんの歌声と男臭い歌がすごくマッチしていたと感じたので。(笑)


やはり日本人には日本語の歌がぐっとくる。
この企画はお二人が半年に1回ぐらいのペースでかなり力を入れて取り組んで
おられるそうだが、「日本にはこんなにすばらしい『うた』があるんだよ」ということを
知らしめるためにも、今後も続けていってほしいと思った。

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2005年11月 4日 (金)

今日の一日

さわやかな目覚め。
朝、買い物などの雑用。
朝練習に行くかどうか迷ったが、仕事をしようと思ったので、
練習はしないことに。
 
なぜか食欲が旺盛になって、昼は4枚切りのパンを2枚食べた。
いろんな欲求が周期的に高まるようだ。そして今は食欲がきてる
らしい。

食後、仕事。そのうち、日だまりがあまりにも心地よくて
眠りに落ちた。が、ここでの生活の第一は快適な睡眠なので
体の要求に任せた。

目覚めて、また仕事。
仕上げてから学校へ。
すると、偶然にもテナーの1年生のO君にばったり出会った。
O君は「暴テナさんポップス詳しいですか?」と訊くので、
何かと思ったら、明日ブライダル演奏の仕事でポップスの曲を
何曲か吹くらしい。お安い御用だ、ということで、明日やるという曲を
ピアノで弾いてあげたらとても喜んでくれた。

彼はジャズは得意だがポップスはそうでもないらしい。へぇ~、私と
逆なんだ? 私はピアノを弾きながら、やっぱり自分はこうやって
人のサポートをするのが向いているのかなあ、と考えた。
私の性格は自分だけが目立ちたいとかいうようなものではないので、
人の後ろでサポートしてる方が何か落ち着くのである。
もっとも、フロントでバリバリ吹くのにもだいぶ慣れてきたのだが…。

人の笑顔を見る仕事、人を陰ながら支える仕事が向いているのでは
ないかなあ、と思った。音楽にしても「私の華麗なるテクニックを見てください」
的なものではなくて、「みんなで楽しい気分になって、笑顔で帰ってください」
的な音楽の方が好きだし、やってても楽しい。その方が向いてるんだろうな、
と思う。

とすればO君とばったり出会ったのもけして偶然ではないのだろう。
明日はO君には伸び伸びとプレイしてほしいなと願わずにはいられなかった。

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2005年11月 2日 (水)

読書の秋

「読書の秋」というが、ほんとに秋は読書に向いている。
私の好きな夏は、外に出て太陽を浴びる季節で、
頭の回転もあまりよくならないので、部屋の中で活字を追うには
向いていない。読書欲が高まるのはやはり涼しくなって、夜が長くなって
からだろう。


で、今日は『私の遠藤くん』(吉村達也・集英社文庫)を読んだ。
カバーのデザインと、何となく読みやすそうなのにひかれて買ったのだった。
いわゆる娯楽小説に属するもので、数時間で読み終えることができた。


本と言えば、私が中学校の時の社会科の先生が、読書を勧める人だった。
「本は安いですよ~」というのが彼の口癖で、350円でショートケーキも買えるが
岩波文庫も買える。(当時の物価はそんなものだったのだろう。)ショートケーキは
一瞬にしてなくなってしまうけれども、本を買えば一生残るし、教養も身につく。
というのが彼のいつもの話だった。それで、当時の生徒たちは岩波文庫や岩波新書
を読むというのがはやりのようになっていた。当時の私には難しすぎて、何が何だか、
という感じだった。彼らにしてもほんとうにわかって読んでいたのか、それともたんに
先生が言うから読んでいたのかわからない。


教育的配慮としては、「本>ショートケーキ」という彼の発言は適切なものだったのかも知れない。
しかし、あれから二十余年、大人になった私は、一切れのショートケーキが
この上なく人の心を幸せにする時間があるということもまた知っている。
この両方のことがわかってこそ、大人と言えるのではないだろうか。

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2005年11月 1日 (火)

煙草と私

最近、禁煙の動きが活発になってきているが、そういう世の中の動きとは
関係なく、ミュージシャン(周りの人たち)にはヘヴィ・スモーカーが多い。
仲間で談笑していても、誰かがタバコに火をつけるやいなや、
私はその場から立ち去ってしまう。
タバコさえ吸わなければそのまま談笑できるのになあ、と思う。
 

私は生理的にタバコの煙が苦手で、タバコの煙が充満している場所に
いると、息が苦しくなって頭が痛くなってきて、喉の奥の方が詰まった感じになり、
たんがゴロゴロ出てくるのだ。しかも、そういう日の翌日まで頭が痛く、
まぶたの腺に煙の粒子が詰まって、目が腫れぼったくなって目やにが出てしまう。


禁煙の動きを「ファシズム」と評する人がいるが、世の中には私のような
煙の苦手な人がいることをもっと深刻に受け止めるべきだろう。


しかも、喫煙者が吸い込む煙(主流煙)と、喫煙者が吐き出す煙(呼出煙)と、
タバコの先から立ち上る煙(副流煙)のうち、一酸化炭素やニコチン、タールなどの
有害成分を最も多く含む煙は副流煙だという。(10月31日付『産経新聞』による。)


非喫煙者に迷惑をかけなければ、喫煙するのは個人の自由だと思う。
しかし、その自由が奪われかけているのも、喫煙者のマナーの悪さに由来すること
も多いと思う。歩きタバコで平気で人の顔に煙をかける人もいる。信号待ちや人混みで
火のついたタバコを持ってる人もいる。車に乗っている時に、前の車から吸い殻を
道路に捨てるのを何度か目撃した。最寄りの駅の周りには、吸い殻やタバコの空き箱などの
ごみが散乱している。


喫煙者はその「権利」を主張するならば、まずみずからがマナーを守るべきではないか。
と、強く思う今日この頃である。

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練習日記

今日は2コマ練習。2コマだとちょっと物足りない感じがする。
友人の弟のプロのベーシストは1日8時間以上練習するらしいけれど、
まあそこまで行かずとも練習したい気分の時はできるだけ
長く練習したい。

フルートはロングトーン。
やはり管楽器の基本はロングトーンにあるのだと最近つくづく思う。
いい音が出ていると自分で聴いていても心地よい。
昔は、ロングトーンなんて退屈でしょうがないものと思っていたけれども、
今では楽しい練習の一つである。

サックスは、ATN教材。
「うたごころ」を養成するには、やはりこの教材がいい。
マイナスワンで、コード進行はスタンダードタイプ。
けっこう使えるフレーズがてんこもりなので、
暗譜するぐらいやりたいものだ。
あとは、『実践ジャズインプロビゼーション』を使って、
(今更ながら)オルタードスケールの練習。

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