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2005年11月 1日 (火)

煙草と私

最近、禁煙の動きが活発になってきているが、そういう世の中の動きとは
関係なく、ミュージシャン(周りの人たち)にはヘヴィ・スモーカーが多い。
仲間で談笑していても、誰かがタバコに火をつけるやいなや、
私はその場から立ち去ってしまう。
タバコさえ吸わなければそのまま談笑できるのになあ、と思う。
 

私は生理的にタバコの煙が苦手で、タバコの煙が充満している場所に
いると、息が苦しくなって頭が痛くなってきて、喉の奥の方が詰まった感じになり、
たんがゴロゴロ出てくるのだ。しかも、そういう日の翌日まで頭が痛く、
まぶたの腺に煙の粒子が詰まって、目が腫れぼったくなって目やにが出てしまう。


禁煙の動きを「ファシズム」と評する人がいるが、世の中には私のような
煙の苦手な人がいることをもっと深刻に受け止めるべきだろう。


しかも、喫煙者が吸い込む煙(主流煙)と、喫煙者が吐き出す煙(呼出煙)と、
タバコの先から立ち上る煙(副流煙)のうち、一酸化炭素やニコチン、タールなどの
有害成分を最も多く含む煙は副流煙だという。(10月31日付『産経新聞』による。)


非喫煙者に迷惑をかけなければ、喫煙するのは個人の自由だと思う。
しかし、その自由が奪われかけているのも、喫煙者のマナーの悪さに由来すること
も多いと思う。歩きタバコで平気で人の顔に煙をかける人もいる。信号待ちや人混みで
火のついたタバコを持ってる人もいる。車に乗っている時に、前の車から吸い殻を
道路に捨てるのを何度か目撃した。最寄りの駅の周りには、吸い殻やタバコの空き箱などの
ごみが散乱している。


喫煙者はその「権利」を主張するならば、まずみずからがマナーを守るべきではないか。
と、強く思う今日この頃である。

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