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2006年5月28日 (日)

シンプルな生活

北摂に引っ越すので荷物の整理をしているのだが、
3年前に神戸に来たときにはがらんとしていたこの部屋も、
モノであふれるようになってしまった。
CDや本をダンボールに詰め込んでいるのだが、すでに5箱を
超えてしまった。一人暮らしをしていると、本や音楽で心の隙間を
満たそうとするからだろうか。
自分で管理できる以上のモノは持たない方がいいのだろう。
身の回りがシンプルになれば心もすっきり晴れ晴れするように思う。
かといって、今まで集めたCDや本を二束三文で売り飛ばしてしまう
気にもならない。
シンプルな生活というのがいかに難しいか。
つくづく考えさせられる。

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2006年5月23日 (火)

助けあい

前回の日記を書いた後、自分もかつて見知らぬ人に
命を助けられたことを思い出した。

それはまだ20代、学生の頃だった。
ある事情でその頃とてもハードワークだった私。
昼夜を問わず、長い距離を運転することもしばしばだった。
その日も、深夜3時ごろ、東京の道路を走っていた。
長距離の運転の疲れと、東京に戻ってきたという安心感からだろうか、
瞬間的に私は意識をなくしていた。

と、ふいにけたたましいクラクションと、ハイビームの光がバックミラーに
映ったので私は我に返った。私はセンターラインを越えていたことに
はっと気付き、ハンドルを戻した。

あの時、後続のタクシーがクラクションを鳴らしてくれなかったら、
対向車線の車と正面衝突して、死んでいただろう。
あのとき私を助けてくれた人の名前も私は知らない。しかし、その人に
命を助けてもらったことだけは確かなのだ。10年以上も経った今も、
私はその出来事を忘れない。

私はあの時助けられた。だから、今、人を助けるのは当然なのかとも思う。
そうやって助け合うことが世の中を循環していけば、自然と良い世の中になっていくのかと。

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2006年5月21日 (日)

青空練習

今日は晴れたので、久しぶりに青空練習。
遠達性のある(遠鳴りのする)音を作るには、
野外練習が一番いい。

帰りのこと。信号のややこしい五差路がある。
一方の車道が赤になったので、歩行者信号を確かめないで
見切りですたすたと歩き出した50代ぐらいの大人がいた。
もう一方の車道は青に変わったばかりなので、
車が一斉にスタート。にもかかわらずおっさんはすたすたと
渡ろうとする。
「はねられる!」と瞬間的に察知した私は、大声で「危ない!危ない!」
と叫んだ。
おっさんは急ぎ引き返すも、きょとんとして信号を見るばかり。
車道が赤に変わったんやんけ、歩道は青になるはずだろう、とでも思っているのか。
「赤ですよ。」と指摘してやるも、不思議そうにしているだけ。

危うく目の前で死亡事故を目撃するところだった。
生と死とはこんな風に紙一重である。
もし私が叫ばなかったら、おっさんは今ごろ病院に運ばれているだろう。

それにしても、おっさんは礼の一言もない。
かなりインテリ風な人で、歩いてきた方向から、近くの大学の関係者なのかもしれない。
ま、人が目の前で死ぬのが嫌なのでしたことだから別にいいのだが、
こういう大人が今の日本をダメにしているような気がするな。
挨拶もできない大人、情けないことです。

もっとも、ふだん出会う大人の人たちは、少し袖が触れただけでも
「あら、ごめんなさい」と言うような礼儀正しい人たちが圧倒的に多いのですが。

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2006年5月20日 (土)

ライブ反省

神戸元町でのライブ。
こんな大雨にもかかわらず、お客さんが来てくれて感謝。
メンバーの知り合いのほかに、一見さんもちらほら。
総体としては、前回よりも格段に良くなったというのが、
知人やメンバーの一致した感想だった。

もちろん細かい部分を言えばいろいろあるが、このメンバーで
続けていけば、だんだん良くなっていくのではないだろうか、
と思えた。

私個人では、学校以外のライブで初めてフルートを吹いたという
フルートデビューの日となった。
フルートの音色がとてもさわやかで、自分で聴いていてもとても気持ちいい!
サックスだけでなく、フルートも練習して今後のライブでもどんどん使って
いきたいと思った。
聴いてるお客さんも、目先が変わった方が飽きなくていいと思うので。

個人的な課題としては、フレーズの手数が少なすぎ。
もっとフレーズを仕込む必要がある。
また、16分音符でも指がもつれないように基礎練習をしっかりすること。
それと、自分が何を歌いたいのか、どんなフレーズを弾きたいのか、
「意志を持った音」を出すこと。
小さく縮こまらないで1ステージ目から思い切って音を出すこと。
などなど。

意外だったのは、オルガニストに「今日、音がすごく良かった」と
言われたこと。練習時間の絶対量で言えば、最近少なくなっているのに。
やはり野外での練習が効いているのだろうか?
また、「こうしなければならない」というスタンスでなく、自分の吹きたいように吹く
という開き直った姿勢が良かったのかもしれない。
また、私が激しくパフォーマンスすると相乗作用でオルガニストも乗ってくるようで、
自分ではそんなに意識していなくても、そういうことって大切なんだと改めて思った。

音楽専門学校を卒業してから、正直、練習時間も減って、今後管楽器が続けられる
だろうか、と不安になってもいたのだが、今日のライブで手ごたえをつかむことができた。
それは、お客さんがとても楽しんでくれたのが手に取るようにわかったというのが
大きかっただろう。

このメンバーで今後やっていけそうなめどが立った。
私にとってはとても勉強になるし、お互いによい相互作用がなされているように思う。

次のライブを目標に、また練習していきたい。

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2006年5月18日 (木)

リハ

金曜日のライブのリハ。
曲の最終確認など。
ギターのT氏と一緒にやるのは今回初めてだが、ジャズのフィールが
よく出ていて、とても勉強になる。適度に力が抜けていて、いい感じ。
やはりジャズはあまり肩肘張ってやるような音楽ではないのかも。
途中休憩を挟んで、私以外はアルコールも入り、ますます脱力感漂うリハに。
このメンバーはとても気に入っている。
よく思うことだが、一緒にやるメンバーはうまいへたではなく、人間的な面を
重視する。とてもいい人たちに囲まれて、ありがたいことだと思う。

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2006年5月10日 (水)

「MADE IN CHINA」に怒りの一筆

今日は怒りの一筆を書かざるを得ない。
とにかく中国製品はよく壊れる。

■日本の大手家電メーカーS社の電子レンジ。
突然ボタンが押せなくなり、修理を依頼した。
「MADE IN CHINA」と書かれていた。
それから3週間ほど後。
また別のボタンが押せなくなった。
再修理を依頼した。

■日本の大手AVメーカーのS社のテープレコーダー。
買ってから半年ほどで、録音ができなくなった。
あほらしくて修理にも出していない。
これもまた「MADE IN CHINA」。

■日本の大手白物家電メーカーS社の炊飯ジャー。
買ってから2年ほどでごはんが炊けなくなった。
見たら、「MADE IN CHINA」。

■ある大手ショッピングセンター内の眼鏡店で買ったメガネ。
半年も経たずにつるの部分がぼろっととれた。
眼鏡店に怒鳴り込んだら、「部品は中国で作っているので、
すぐに取り寄せられるかわからないし、もし部品がなければ
別のメガネをお作りいただくことになります」。
ハア? 冗談じゃないですよ。

はっきり言おう。中国製品は粗悪品だ。
人件費が安いということに踊らされて、日本のメーカーが
どんどん中国に移転していったのは15年前ぐらいからだろうか?
そのせいで日本の工場や地場産業が打撃を受け、平成不況は
深刻化していったのです。

たとえば、時計などの精密機械工業がスイスや長野のような冷涼な土地で
盛んであるというのは、やはりその土地の気候風土に合っているからだと
思うのだ。加えて、繊細で器用な日本人は、細かい作業も向いている。

大陸的=おおざっぱでがさつで気の荒い中国人には、細かい作業は
向いていないに違いない。

でも「価格破壊」の流行語に踊らされた日本人は、次々に生産拠点を
中国に移転していった。しかし、その後の日本の国土と産業は「破壊」されて
いったのだ。

その問題点を当時見事に喝破した人を私は知っている。
当時まだ日経にいた井尻千男氏であった。

折しも、経済同友会が、小泉首相に靖国参拝をやめてほしいと「提言」
したという。この人らはいったいどこの国の人なのか。そんなに中国が
好きなら中国に行って住んでください。日本国民である日本の総理大臣が、
行ってはならないと他国に命令されるような土地が自国内にあっていいはずがない。

文化大革命という、中国人による中国人への殺戮行為を隠すために、
サンフランシスコ平和条約第25条ですでに解決済みの案件に対して
いちゃもんをつけている彼らの方が非難されてしかるべきなのである。
中国共産党のプロパガンダに踊らされないようにしたいものだ。

話がそれたが、安いけれど壊れやすい電気製品なんて意味がない。
修理しようにも部品が国内で手に入らないのでは意味がない。

経済人は日本国民をもっと大切にすべきであり、郷土愛を持つべきではないか。
「ものづくりの国」の技術を空洞化させるべきではないと思う。

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2006年5月 5日 (金)

友人の旅立ち

音楽専門学校時代の友人から、今日の午後アメリカに出発する
というメールがあった。奨学金を得て、ボストンのバークリー音楽院に
留学するのだ。
今日は出立にふさわしい快晴。
その報を聞いて私もなんだかアメリカに行ってみたくなった。

大学生の頃、3週間ほどニュージャージー州に滞在したことがある。
向こうの気候は今日みたいにカラッとして晴れ渡った日が多かった。
ジャズをやりたいという人は、やはりアメリカに行くのがいいだろう。
英語自体がジャズであるし、カラッとした気候では管楽器が鳴りやすい。
住宅事情から練習場所にも困らない。

「いろいろ不安はある」というが、ボストンは(特にバークリー音楽院は)
日本人も多く、英語力はあまり必要でないとも聞く。
型にはめられるのではなくて、大陸ならではの大きい表現を身につけてほしい
ものだ。

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2006年5月 3日 (水)

生涯学習の環境整備を

夕方になってから日が暮れるまで、K大キャンパスで練習。
バスクラとアルトの人がいた。一人で練習するのではなくて
周りに人がいるといい刺激になります。
学校にいるときには、隣の練習室から聞こえてくる音に
イライラするときもあったのだけれども、ここでは不思議と
そうはならない。自分が外の人だからでしょうか。いや、
それよりも野外という開放的な環境がそうさせるのではないか
と思います。

それはさておき、正直な話、私は勉強するのが好きです。
自分をもっともっと高めたいという意欲は衰えていません。
しかし悲しいかな、大学のときに勉強したフランス語やラテン語、
ヘブライ語などはかなり忘れてしまいました。

専門学校で学んだ音楽理論やアレンジなども、この先忘れてしまう
のではないかと思うと……。

大学のキャンパスに行くと、やっぱりいいなと思います。
落ち着いて勉強や研究ができる雰囲気があります。

大学に入ったばかりの頃は、正直受験勉強で消耗していたり、
自分が何をやりたいのかよくわかっていなかったということもありました。
大人になってから、もう一度フランス語をやってみたい、と言った場合に、
その欲求に応えてくれる所が世の中にはあまりありません。
(駅●留学ではかなりぼったくられました。)

やはりそういった場合に、大学の教養学部程度の授業というのは
とても目的に合っているのです。手軽なフランス語が読める程度には
なるのですから。

そういうわけで、大人になってからもう一度勉強し直したいという人のために、
大学の授業を公開してくれないだろうか、と思うのであります。
確かに、現在でも、公開授業はありますが、カルチャーセンターに毛が生えた
程度のものが多いようです。そうではなくて、もう一度本格的に学びたいという
欲求に応えるレベルのものを期待しています。

聞いたところ、アメリカでは大学の図書館も開放されているし、大人になってから
もう一度大学に入り直して勉強するということも普通に行われているようです。
つまり、大学が社会の教育・研究機関として有効に働いているようです。

これから少子化の時代になり、大学もそのレゾンデートルを問われる時代に
なりそうですが、意欲と能力のある人に対しては積極的に受け入れるように
なっていってほしいです。

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2006年5月 2日 (火)

練習

夕方から近くのK大キャンパスで、jazz研の人たちにまじって練習。
やはり日本の住宅事情で管楽器の練習をするのは困難が伴う。
だからどうしても音の出せる場所で、みんなで一斉に練習するという
形態になるわけだ。まさに団体練習であって、団体に属さない人にとっては
シビアな環境。

学校にいたときの絶頂期を100とすると、60~70ぐらいまで
落ちていたという気がした。楽器を毎日鳴らさないので、
鳴りが悪くなっているというのと、絶頂期の感覚がまだ取り戻せていない
ということ。そういう時期なのかもしれないし。
ともかく、なるべく楽器に息を通している時間を長くしよう。

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