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2006年8月27日 (日)

石豊久&堤聡子 演奏会2006

京都の青山音楽記念館に、チェロの石豊久氏とピアノの堤聡子氏の
デュオを聴きに行ってきた。

こんな所で感想の駄文を書くのも申し訳ないほど素晴らしい演奏だった。

芸術音楽の演奏会を聴きに行くのは久しぶりだったが、学ぶものが
たくさんあったような気がする。

まず、その演奏のクオリティの高さである。集中力がすばらしい。
この演奏会のために相当な練習をこなしたのだろうなとわかる。
我が身が恥ずかしくなるような、凛とした演奏だった。
やはり人に聴かせる演奏というものを侮ってはならない。
「えーかげん」な演奏であればそんなものを何度繰り返しても
何にもならないわけだ。それは音楽への冒とくにほかならない。
どれだけその演奏に集中するか。
今日のお二人の演奏からは、まさに「精神性の高さ」というものが
感じられた。お手本にしたいと思う。

次に、今日の演奏会のプログラムは、前後にロシア・ソヴィエトの
作曲家(ミャスコフスキーとプロコフィエフ)の作品を挟んで、
気鋭の若手作曲家である平野一郎氏のオリジナル作品3曲という
構成だったが、西洋音楽の伝統上にある前者と、西洋音楽を学んだ上で
日本の神話的世界や民俗的世界を表現する後者が好対照をなしていた
ように思った。

平野氏の挨拶で、「ピアノやチェロという楽器は西洋の楽器ですが、
その起源をたどれば、アジアの楽器とも共通の祖先にたどりつきます。
チェロの演奏を聴きながらでも、琵琶や太鼓、あるいは人の唸り声のような
ものが聞こえてくると思います」というようなことをおっしゃっていたが、
まさにその通りだった。そればかりか、ピアノ曲の「水底の星」では、
水底世界さえ目に浮かぶようだった。

チェロ、ピアノという西洋伝統音楽の楽器が、これほどまでに表現力の豊かな
ものであったとは。

楽器を知悉し、西洋音楽を消化した上で、日本の風景や古典文学に由来する
世界を描き出してゆく。数々のコンクールで受賞歴のある平野一郎氏は、やはり
ただならぬ才能の持ち主であった。

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