« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月31日 (水)

練習日記

天気が良かったので、河川敷で練習。しかし、風は冷たかった。
ロングトーン、倍音などの他に、スケール、クロマチック、ペンタトニック、
ブルースなど、基礎的なトレーニングに費やす。

ふと思い立って、デクスター・ゴードンの「Catalonian Nights」を吹いて
みた。学校時代に耳コピしようとした曲。あのときは難しいと感じていたが、
今譜面を見てみるとコード進行もいたって標準的。コピーだけで一杯で、
自分のソロなんてする余裕もなかったが、今ではこの進行に沿って自分の
ソロを考える余地もあるぐらいにはなっていた。ということは、いろんな曲に
当たってきて、あの当時よりは少しずつではあるが進歩しているということ
なんだろう。この曲も、十八番に加えよう。

明日からはまた冷え込むようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月30日 (火)

音楽と語学

今日は天気が良かったので、河川敷で練習。
その後、洗車。

音楽と語学はよく似ていると言われる。
スケールやアルペジオは単語。
2-5-1の常套句などは、文字通り常套句や熟語。
それらが組み合わされて、音楽=文章となってゆく。

高校生の頃、英文を丸覚えするぐらいに読み込んだ。
すると、単語や熟語なども自然に覚えられたし、
英作文でも覚えたフレーズが自然に浮かんできた。

アドリブソロも、自分の好きな演奏を丸覚えするのが
早道だと思う。いい演奏にはいろんな美味しいフレーズが
入っている。

と、わかっているのだが、言うは易く、行うは難しか……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月29日 (月)

セッション@豊中

金曜日、土曜日と連チャンでライブの後、昨日の日曜日は
豊中でセッション。

サックスはアルトの男性が一人、私の他にテナーの女性が一人
来ていた。

その女性がかなり上手な方で、随所に16分音符フレーズを
ちりばめていて、セッション慣れ(?)していることをうかがわせた。
案の定、関西では強者揃いとされる某有名ビッグバンドに入って
いるということだった。

サックスの二人とも、自分の持ちネタの曲は譜面を見ないで
演奏してはったので、私も久々のスタンダードを暗譜でやった
のだが、ソロがよろよろに……。
しかしホストの方から「ええ音してるやん」と誉められたので、うれしかった。
ま、少しずつではあるが向上して行ってはいるのだろう。

やっぱりスタンダードはジャズミュージシャンの共通言語だなと
痛感。ふだんの練習でも、もっとスタンダードを練習せねば。

私の課題は、ソロの手数を増やすことだな、と。
2コーラスぐらいやったらネタが尽きてしまうので、
飽きさせないように、16分音符やアウトフレーズなども
織り交ぜながら、さまざまな角度からアプローチできるように
なりたい。

それにしても、セッションはやはり勉強になるし、刺激になる。
「シャンペン・ミュージック」といって、各自が1コーラスずつ
テーマだけ吹いて回していくというようなことを、初めて知った。
とても面白かった。

セッションには機会があればできる限り参加したいものだと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年1月28日 (日)

ライブ反省・感想(神戸元町)

先日の金曜日は神戸元町でライブだった。
このお店では、今までにもう何度か演らせてもらっているが、
これまででは最も良かったのではないかな、と思った。

金曜の夜ということもあってか、客席はほぼ満席。
私自身、今までのような不安感はほとんどなく、
しかし適度な緊張感のあるスタートだった。

2部構成で、1部は主にジャズスタンダードからの選曲。
休憩を挟んで、2部はジャズチューンの他にポップスや童謡、
民謡などを我々風にアレンジしたナンバー。

お客さんの反応も良く、ステージ終了後の笑顔を見ると、
皆さん楽しんでもらえたんだろうな、ということが伝わってきた。
リーダーのドラマーN氏には、その後「聴きに行ってよかった」
「帰りの電車の中まで興奮してた」など、ありがたいメールが届いたという。

その原因を考えてみると、
●飽きさせない選曲…コアなジャズマニア向けではなく、誰もが親しみやすい
曲を中心に演奏した。
●メンバーの一体感…セッション的な顔合わせではなくて、
ほぼいつも顔を合わせているメンバーでの演奏だったので
意思の疎通も取れやすかった。
●今まで何度かやる中で、自家薬籠中のものとした曲ができあがってきたので
それが我々の個性となっている。
などが挙げられるのではないだろうか。

私個人で言えば、
●リハでできなかったところを、個人練習で補い、コードの分析なども頭に入れておいた。
●特に不安もなく、伸び伸びと演奏しようと思った。
などが挙げられるかもしれない。

私の反省点、今後の課題としては、
●技術を磨くこと
正直、ミストーンもあった。また、こういうフレーズを弾きたいのに指がついて
いかないという状況もあった。
やはり、表現したいことがあって、それに技術が追いつかないという状況が
一番歯がゆさを感じることである。地道に練習して、少しでも納得のいく
ソロを取れるようになりたい。

これまでのライブでは、「発表会的で何を訴えたいのか分からない」という
こともあったが、徐々にバンドとしての個性もできつつあるのかもしれない。
お客さんが「楽しかったよ」と言ってくださることは、演奏者にとって何より
うれしいことである。

倦むことなく、またここに安住することもなく、さらに次のライブに向けて
演奏を磨いていきたいと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月23日 (火)

練習日記

近くの公民館の音楽室で練習。
実はこんな場所があるとは知らなかった。

今週末のライブではアルトも1曲吹くので、アルトも練習。
ほとんど吹かないから売却しようと思って、ある人に貸していた
セルマーのシリーズ3(GPトーン)だが、お気に召さなかったようで、
戻ってきた。久しぶりに吹いてみると、よく鳴るし、音色もよく、
とてもいい楽器だと思った。腐っても鯛、さすがセルマー。
もう売却を考えるのはよそうと思う。

2時間ほど練習したら、疲れてきた。
年末年始ほとんど吹かなかったので体力が落ちているのだろうか。
本番までは毎日練習があるので、がんばろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月21日 (日)

練習日記

爆音疾走系ビッグバンドの練習は、BIRDLAND、DEACON BLUES、AJA、
SOME SKUNK FUNKなど。
バードランドはポリリズム的なフレーズがあったりして難しいけれども、
できないことはない。だんだんとフレーズが分かってくるのが嬉しかったりする。
このビッグバンドは曲も、レベル的にも合っているみたいで、とても楽しい。
メンバー同士のコミュニケーションもよくとれているように思う。
これは大切なことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『美の巨人たち』~平櫛田中

昨夜の『美の巨人たち』(テレビ大阪)は、彫刻家の平櫛田中。
子どもの頃、実物の作品を見に行ったことがあるけれども、
いまいちピンと来なかった。

しかし、昨夜はブラウン管越しに見ても、これはすごい!と
思わされた。

まさに今にも動き出しそうであるのに加えて、高い精神性が感じられる
作品の数々だった。

しかもその生き方がすごい。
岡倉天心に「売れない作品を作れ」と言われて、かゆをすすり、
幼子を結核で亡くすような貧乏暮らしにもかかわらず、作品を作り続けた。

「六十、七十ははな垂れ小僧、男盛りは百から、百から。わしもこれから、これから。」
という言葉は、中年になって初めて、とてつもないことだとわかる。

しかも百歳で、向こう三十年分の楠を注文したという。
彫刻のために生まれてきたような人だったのだろう。
その偉大さを、改めて知らされた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月19日 (金)

変な夢

変な夢を見た。

馬に乗る夢。

馬に乗る時は、ふつう鐙に片足をかけてたてがみと手綱をつかんで

よいしょと飛び乗るが、夢の中の馬は、親切にも自分からしゃがんでくれた。

馬は人を見るし、神経質なのだけれども、夢の中の馬は、まるで犬みたいに

人なつっこかった。

その馬の首を撫でると、とてもあたたかかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月18日 (木)

練習日記

来週にライブを控えて、スタジオに個人練習に出かけた。
なんたってこの寒い時期、河川敷の練習はきついし、
寒さに気を取られ、しかも風に楽譜を煽られては
集中力も欠けてしまう。なので、多少金はかかるが
スタジオに入って練習しようと思ったのだ。

チップ制といえども、お客さんにお金を払って聴いていただく以上は、
ええかげんな演奏なんてできない。
少なくとも自分の納得のいくまで練習しなくては。
年末年始、かなり体がなまっていたので、90分ほど経ってようやく
楽器が鳴って来だした。それまでが、かなり大変だった。

お金を惜しんでいては絶対にうまくなれない。
うまくなるためにはお金を惜しむなかれ。
これが今日の教訓だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月14日 (日)

訃報

今日のビッグバンドの練習で、マイケル・ブレッカー氏が
亡くなったと知った。

来日したときに2度ほどステージを見に行ったことがある。
テナーサックスで一時代を築いた人で、崇拝者も多い。
合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月12日 (金)

いのちは連綿と紡がれる

田舎に帰省した折に、古いアルバムを見つけた。
6年前に亡くなった祖母が持っていたアルバムだった。
昭和十年代の写真が多く、まだ若かった祖母や、戦病死した祖父の
若い頃の姿が写っていた。中には、私の母の子どもの頃の写真や、
まだ小さい私を抱いた母の写真もあった。
 

写真はもちろん白黒で、いわゆるセピア色になっていたけれども、
過去に生きた人たちの姿が、はっきりと写っていた。


私は思った。
ここに写っている多くの人は、今はもういないけれども、今こうして私が
ここにいるのは、紛れもなくこれらの人がいてくれたお陰なのだ、と。
個人の命はいつか必ずついえるけれども、いのちそのものは、連綿と
紡がれてゆくものなのだ、と。


過去に存在した人の恩を受けて、私は存在している。
ならば、私もまた、いただいたいのちを次にバトンタッチしていくということが、
そういう人たちへの恩返しとなるのではないか、と。


親の苦労とか喜びは、自分が親になってみなければ分からないものに違いない。
自分が親になって初めて、ああ、あのとき親はこんな気持ちだったのか、と
知るだろう。親は最初から親として存在したのではない。子どもによって、親へと
育てられて、親になっていったのである。これまで私は親に不満を持ったり、親を
責めたりしたこともあった。しかし、自分がまだ親になったことがないという点で、
やはり親にはかなわないと思うのである。


自己実現とか何とか、あまりに「私」ということにとらわれると、大切なことを
見失う。私達は悠久の時の流れの中で紡がれる「いのち」の、
一本一本の繊維のような存在として存在しているのだと思ったのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 6日 (土)

新年の辞

あけましておめでとうございます。
元日の「産経抄」によれば、この挨拶はもともと年神様に対するもの
だったようです。それが、人と人との間でも使われるようになったとか。


さて、個人の日記・備忘録として始めたこのブログも、随分長い間続いたものです。
その間に、ココログにアクセス解析も導入され、毎日何人かの方が、
北は北海道から南は沖縄まで、読みに来ていらっしゃることがわかりました。
ありがとうございます。


このブログは特別に何かの議論を目指しているわけでもなければ、
アクセス数の増加や、ましてやランク入りを目指しているわけでもございませぬ。
ただ、地味~に、日々感じ、考えたことを今後とも書きつづっていく予定です。
しかし、「本音でなければブログではない」という言葉もあります。
人それぞれさまざまな考え方があるのは当然ですから、その中で、頷いたり、
あるいは首を振ったり、それぞれに考える材料としてくださればこれ幸いと考えて
おります。


リアルなコミュニケーションの補助手段としての交流は、mixiの方にだいぶ移行して、
このブログの更新も以前ほど頻繁ではなくなってきておりますが、
このブログはオープンコミュニケーションの場として、検索で引っかかった方、
通りすがりの方、毎日のように来て下さる方、等々、いろいろな人の心に
何か引っかかるものがあれば幸いです。


では平成19年もよき年となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »