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2007年6月30日 (土)

数独

世間で静かなブームという数独を、私も相方の影響でやってみた。
論理的な思考力、筋道をきちんと立てて考える力を必要とする
パズルで、直感的、感覚的な私にとってはかなり手ごわい。
「なんとなく、ここにこの数字が入りそう」と安易に考えて入れていくと、
後々大変なことになる。

推論によって成り立っているゲームなので、ある段階で間違ってしまうと、
その間違いがその次の段階に次々と影響を及ぼして、間違いだらけの
結果になってしまうのだ。これは数学ととてもよく似ている。

要は、理詰めで考えていかなければならないということ。
そのステップを1箇所でも怠ると間違う。
なかなか頭を使うゲームである。

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2007年6月27日 (水)

米下院「従軍慰安婦非難決議」に怒り

報道によれば、米下院でいわゆる「従軍慰安婦」を「性奴隷」として非難する
決議がなされたらしい。

いったいどの面下げてそんなことが言えるのか、アメリカ。
裏で動いているのがマイク・ホンダという親中派の議員だとしても、
こんなものが可決されたことに対しては憤りを禁じ得ない。

もう周知のことだが、慰安婦という制度は、公娼制のもとで行われた、合法的な
制度であった。彼女らに対しては高額の給料が支払われている。「性奴隷」などと
いう言葉があてはまるものではない。

ならば、アメリカ人自身による、黒人奴隷に対する暴虐はどうなのだ。
彼らは有無を言わさずアフリカから強制的に連れてこられ、人間としての人格すら
認められず、使い捨てにされたのだ。
遠い昔のことではない。
つい最近、60年代までは少なくとも黒人差別はおおっぴらに行われていた。

また、アメリカの建国自体が、先住民に対する虐殺によってなされたものであった。
広島・長崎に対する核兵器による人体実験や、各都市への焼夷弾による非戦闘員への
大空襲はなぜ非難されないのか。

私はクリスチャンではないが、かつて聖書を読んだことがある。
印象に残っている話がある。
マグダラのマリアという娼婦がいた。
「姦淫するなかれ」という戒律に基づいて暮らしている人たちは、マグダラのマリアに
石を投げていた。そこへイエスが通りかかり、「汝らのうちで一度も罪を犯したことのない
者がまず石を投げよ」と言った。すると、だれも投げることができず、そそくさとその場を
去っていった。

正確ではないかもしれないが、こんな話だったと記憶している。

そう、罪のない者が罪人を糾弾することができる。
逆に言えば、誰一人として他人の過ちを非難することはできないのだ、ということだ。

アメリカはキリスト教国であるというのが通説である。
しかしそれは通説であって、事実ではないのだろう。

なぜなら、911テロとは何の関係もないイラクを攻撃した。
聖書に「汝の右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」とある。
それとはまったく違うことをしている。

天に唾する者は、大いなる報いを受けるだろう。

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2007年6月26日 (火)

『プロポーズ大作戦』最終回

フジ系『プロポーズ大作戦』が終わった。
個人的には、この最終回は要らなかったかな、と思う。
第一、あれでは藤木直人演じる多田さんが可哀相だ。
それに、今さらになって「礼が誰よりも好きだった」などと言って泣くのは、
結婚式のスピーチとしてはルール違反も甚だしい。
個人的には「おめでとう」と言って二人の門出を祝ってやるのかな、
と思っていた。

ま、そこはそれ、エンタテインメントのドラマなんだから仕方ない。
たぶん多くの人は礼と健がくっつくという結末を期待していたのだろうし。
露骨にそういう場面がなかったということがせめてもの救いだった。

結末はさておくとしても、11回を通してみた場合、このドラマは多くの教訓を
残してくれた。

99%不可能であったとしても、1%でも可能性が残されているならば、
そこに賭けてみるべきだということ。やってみてだめだった場合より、
やらなかった後悔の方が大きいということ。

過去を嘆いても始まらない。未来への意志を持った今日の方が大切だと
いうこと。

回りくどいことをあれこれ考えるより、自分の気持ちに素直になった方が
いいということ。

等々。

個人的には、多田さんを演じた藤木直人の演技がとてもよかったし、
人物的にも好感が持てた。彼の姿から学んだことは、とても多いと思う。

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2007年6月18日 (月)

今週のプロポーズ大作戦

フジ系『プロポーズ大作戦』もいよいよ佳境。
最初は山P演じる健に肩入れしていたが、
回を重ねる毎に、やっぱり多田さんにはかなわないよな~と
思うように変わってきた。

多田さんは一見なよっとしているかもしれないが、すごく男らしくて
すがすがしく、思わず感情移入してしまう。しかも、話す一言一言に
とても説得力がある。対して、健は優柔不断だし、過去に礼と過ごした
時間しかない。私がその場にいたとしても、健には勝ち目はないだろうと
思ってしまう。

最後の最後にどんでん返しがあるのか、ないのか。
最後の最後まで目が離せない。

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2007年6月14日 (木)

思ひ出 2

思春期は「疾風怒濤の時代」と言われる。
私にとってもそうだった。
抜くか抜かれるかという激しい競争の中で、
つねに緊張状態にあった。

朝の食事と一緒に、ローズヒップとアセロラでできたビタミンCと、
ビタミンEを摂っていたことを、どういうわけか懐かしく思い出す。
二十年以上も前、まだサプリメントなどという言葉など流布していない
時代である。

これがせめて親のしてやれること、という母の親心だったのだろう。
家に帰ればそうやって支えてくれる人がいるというのが私にはとても
ありがたかった。

今では新手のいじめなども学校にはびこり、環境はあの頃よりも確実に
悪化しているはずだ。そういったときに必要なのは、何と言っても家庭の
あたたかさなのである。

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2007年6月11日 (月)

日本人がジャズを苦手な理由

今ビッグバンドでやっているある曲(もちろんインスト)のフレーズが
頭の中で鳴っていた。ここのフレーズの歌い方どうするんだろ、と思って
いると、ふと英文が頭の中に浮かんできた。

なるほど! と、目から鱗が落ちた。
曲とは何の関係もない英文だが、このフレーズはこんな風に歌えばよいのだと
理解された。

英語のしゃべり方とジャズの歌い方は同じである。
歌詞の付いたスタンダードはもちろんだが、インストで作られた曲もそうだ。
つまり英語は前の単語の子音が後ろの単語の母音とつながって1音節を
作るが、それが音楽で言うとシンコペーションに相当する。だから、シンコペーション
だらけのジャズという音楽は英語そのものと言ってもいいのだ。

多くの日本人が、ジャズの乗りが出せないというのは、英語を母語としていないからだろう。
したがって、ジャズの乗りを出すためには、裏拍がどうのとか3連がどうのとか言うよりも
英語をたくさんしゃべり、英語をしゃべる感覚で演奏すればよい。
少なくとも管楽器における歌い方としてはそうだと思う。
よく、ジャズをやりたい人がアメリカに行って修行するのも、そういう言語の韻律感覚を
習得することと密接に結びついていると思うのだ。

「ここのフレーズの歌い方(切り方、つなぎ方、スタッカート、テヌート、アクセントなど)が
よくわからないというときは、そのフレーズに何でもいいから英語の歌詞をつけてあてはめて
歌ってみればよい。スッキリとわかるはずだし、練習もまた一段とファンキーに楽しくなる
ことだろう。

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枚方宿ジャズストリート

枚方宿ジャズストリートにビッグバンドで参加。
アマチュアのビッグバンドと言っても、我々みたいに
コテコテでノリノリのブルース・ファンク系のものから
オーソドックスなスイング主体のもの、さらに
パーカッションを二人も擁したラテン色の強いものまで、
さまざまなバンドがあるものだと思った。
まずはその多彩さに驚いた。
もちろんプロのバンドにはかなわないが、かなりレベルの高い
ものもあった。

こういう機会に他のバンドの演奏を聴くのはとても勉強になった。
聴きに来る人はビッグバンドの何を楽しみにしているのか。
サックス吹きの私の立場から言うと、やはりサックスの「いい音」を
聴きたいということだ。マイクを通したCDの音ではない、生の楽器本来の
香ばしい音を聴きたいと思う。そして、音がよければ8割方は満足する。
逆に、どんなフレーズであっても音が良くなければ満足しないということだ。

そういう立場で見れば、自分がステージでどういう演奏をすればよいかも
おのずと見えてくる。

ビッグバンドで身につけたものはコンボの演奏で生かせるし、また逆のことも
言える。それらが相互に作用して好循環になるようにしたいものだ。

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2007年6月 7日 (木)

NHKファンによるNHK番組批評

■ご近所の底力
とてもいい番組だと思って見ていたが、時間帯が変わってしまい、
見にくくなった。

■どんど晴れ
時間があれば時々見るが、毎日は見ない。
主人公が美人で、しかもその彼氏も美男。その上、彼氏はええとこの
老舗旅館の息子でホテルマン、彼女もケーキ屋の跡取り。
絵に描いたような上流階級の話で、どうしても感情移入できない。
ヒロインもたしかに美人だが、役者としての表情に乏しいような気がする。

脚本の小松江里子さんは、夜ドラの『女将になります!』(主演・酒井法子、
中山忍)の脚本も書いていたと思うが、同じ「女将修行モノ」なら、
そちらのほうが断然面白かった。

■ぐるっと関西おひるまえ(関西ローカル)
これまで亀ちゃん(亀山房代)の存在が濃すぎたので、スッキリしたように思う。
周りの人たちもかなり気を使っていたように見えたので……。
伊藤雄彦アナと塚原愛アナのコンビが私の中では最高だった。

■スタジオパークからこんにちは
武内陶子さんは好きなアナウンサーの一人だが、ゲストの話をうまく引き出して
適任だと思う。こういう番組は、進行役が出しゃばりすぎない方がいい。
(有働由美子さんは出過ぎだったように思う。)
私としては、堀尾アナが白眉だった。

■英語でしゃべらナイト
なぜ押切もえと八嶋智人を起用したのか?
NHKには個性あるいいアナウンサーがたくさんいるのに。
NHKを好きな人は、タレント臭が嫌いでNHKを見ているという人も多いと思う。
プレーンで淡白な、局のアナウンサーが好きなのだ。
タレントを起用することが視聴者の期待に応えることだと勘違いしないでほしい
と思う。

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2007年6月 6日 (水)

思ひ出

鮮やかな緑がまぶしい季節。
青空練習の帰り、ふと地面に生えているクローバーに目が行った。
なにげなく、四つ葉のクローバーを探してみたら、難なく見つかった。
と同時に、もう20年以上の前のことが脳裏によみがえってきた。

高校2年生だったあの頃。
陸上部に好きな女の子がいた。
別にこれと言って会話を交わしていたわけでもなく、たんにあこがれというか、
「恋に恋する」心境だったのだろう。
やがて夏休みになり、毎日は会えなくなった。
会えなくなると、ますます思いが募った。

どうやって会話のきっかけをつかんだらよいかもわからない私は、
四つ葉のクローバーを彼女のために渡そうと思っていた。

だれにも相談することも出来ず、一人で悶々と思い詰めていた。
口数も少なくなった。親も、そういう私の「異変」に気づいていただろう。
私にとっては、一種の精神的な「危機」だったと言えるだろう。

その後、クローバーをどうしたのかは覚えていない。
そういう時期もあった。そのことを、ふと思い出したのだった。

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