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2007年7月29日 (日)

参院選は祭り無き現代日本の「祝祭空間」か?

参院選が公示されてから投票日の今日まで、
この17日間の世間の様子を眺めていて、はたと私は気づいた。

これは何か? これは「選挙戦」というよりも「選挙祭り」ではないか?

かつての村落共同体では、「祭り」があった。
村人みんなが参加して日ごろたまっている喜びや鬱憤を爆発させる。
そこでは歌や踊りのみならず、「闘い」もある。
巨大な綱引きや、裸でぶつかりあい、宝を奪い合う行為や、海外では
トマトやオレンジを投げ合ったり……と、枚挙にいとまがない。

現代では、村落共同体や地域共同体も崩壊し、個人個人のライフスタイルも
千差万別になった。老若男女一緒になって盛り上がれる祭りも少なくなっている。

そんな現代日本人が、北は北海道から南は沖縄まで、関心を一つにし、
一緒になって盛り上がる絶好の機会が、この参院選なのではないか。

それが証拠に、テレビの番組欄を見ればよい。
これはすでに「報道番組」ではない。(NHKは別として)出演者の名前からして
これはもう、れっきとしたエンタテイメント番組である。

そう、これは日本人の祭りだったのだ! 老若男女、住んでいる地域を問わず、
選挙という一つのことに、日本全国民が関心を一つにし、その闘いに一喜一憂する、
巨大な祭りだったのだ!

ちなみに、文化人類学者の栗本慎一郎氏の本で読んだが、
ある部族には祭りの時に、それまでに蓄積した財貨を燃やしたり破壊したりする
「ポトラッチ」という行為があるそうだ。

2年前の「郵政解散総選挙」でも、支持されたのは小泉氏の「郵便局破壊」で
あった。

さて、今回はどうなるのだろう。
国民は「破壊王・小沢一郎」の「日本破壊」を選ぶのか。
それとも、安倍首相の「社会保険庁解体」という前向きな破壊を選ぶのか。
日常に退屈している大衆は、前者により大きな鬱憤晴らしを求めているように
見えてならないのだが、そうなった場合、損害を被るのもまた自身である。
私の心配が杞憂に終わればよいのだが。

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