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2007年9月11日 (火)

「許せない」ということ

別に今に始まったことではないが、最近ニュースを見たり新聞を読んだり
していると、とにかく「許せない」ということを見つけ出して、それを糾弾する
ことに、メディア人のエネルギーが注がれているようだ。

年金問題が許せない。
「政治とカネ」が許せない。
安倍首相が退陣しない。
飲酒運転が許せない。
あの容疑者が許せない。
あの弁護団が許せない。
○○○○が許せない。

こんな調子で、メディアには「許せない」波動が満ちあふれている。

だが、ここで考えるべきだろう。
そういう自分は、他人を「許せない」という資格があるのだろうか、と。

「許せない」という感情は、宗教性から最も遠い感情である。
また、「許せない」と思うことは、跳ね返って自分自身の心をも傷つける。

クリスチャンでもない私がよく引き合いに出すのが、新約聖書のエピソードである。
ある時娼婦が群衆から石を投げられていた。
「この女は罪を犯したのだ」と。
それを見たイエスは言った。
「汝らのうち、罪のない者がまず石を投げよ」と。
すると、誰も石を投げることが出来ず、帰っていった、と。

大筋、こんな話だったと思う。

だから私は、テレビ人が「年金問題」や「政治とカネ」を喋々するのを見ると、
とてつもない偽善を感じるのだ。

こんな世相に私はよく思う。
今は亡き池田晶子さんならどう言うだろうか、と。

氏が生前口癖のように言っていたのは、「自分さえ善ければいい」、つまり、
「自分さえ善く生きていれば世の中がどうであろうと関係ない」ということである。

社会を変革することによって世の中が善くなるというのは嘘なのだろう。
世の中の、外側をいくら変えたところで、人間が善くならない限り、世の中は
善くならない。まずこの私が、自分自身が「善く生き」ることなくして、
世の中が善くなることはありえない。人はそろそろそのことに気づくべきではないだろうか。

議員さんたちが寄ってたかって社会保険庁の人間を糾弾しているのを見ると、
どっちもどっちだなあ、と思えてくる。あの人達はなぜあんなに躍起になっているのだろう。
どうして正義のヒーローを気取れるのだろう。きっと次も当選したいからに違いない。
あれらの人たちは、「精神性」という言葉からは最も遠いところにいるのだろう。

極論すれば、世の中がどんなに悪くなろうとも、私が善く生きていれば、それでいいのである。
そんなことを、とりわけ強く感じる今日この頃。

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コメント

素直にとても素晴らしいないようだと思いました。
心のどこかで小さくても人を恨んだりしていては、幸せになれない・・・以前読んだ精神カウンセリングの方の本にもあってとても印象に残っています。 今回の記事、私のお気に入りの内容です!

投稿: re-born | 2007年9月12日 (水) 09:04

>re-bornさま
お褒め頂き、ありがとうございます。
私もあまり偉そうなことを言えた柄でもないですが、
こういうことをほんの少しでも心の片隅に置いておけば、
人生のあり方も少しは変わってきますね。

投稿: 暴れん坊テナーマン | 2007年9月12日 (水) 20:46

テナーサックス・リバイユでヒットし、この記事を読ませていただきました。が、サックスマウスピースの記事より良かったですね。こういう記事を読むと、心が温まり何かほっとします。

投稿: はにかみサックスおやじ | 2008年6月 5日 (木) 22:09

>はにかみサックスおやじ様
こんにちは。初めまして。
音楽ブログのつもりで始めましたが、
今は身辺雑記帳のようなものになっています。
この記事は自戒の意味もこもっています。
ともあれ、ご感想いただけてこちらも心が温まりました。
ありがとうございます。

投稿: 暴れん坊テナーマン | 2008年6月 7日 (土) 22:33

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