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2008年2月25日 (月)

吹き方

初心者の頃、師匠から言われたのが、「真っ直ぐに吹く」ということ。
つまり、しゃくり上げたり、息を出し入れしすぎたりせず、素直に真っ直ぐに
息を入れるということ。これが基本中の基本。

この教えをかたくななほどに守ってきた。

で、今、自分のソロの録音を聴いて思うこと。
自分の場合はもう少し色をつけても良いのではないか、ということ。
とりわけ、スローな曲とか、ブルースとか、色気のある演奏が必要な時は、
もう少し表情を意識的につけないと、棒吹きに聞こえてしまうかもしれない、
ということ。

少し、工夫してみたい。

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2008年2月22日 (金)

自分の楽器

先日、バンド仲間にセルマーを吹かせてもらった。
感想は、やっぱり自分の楽器はいい、ということだ。
サックス界にセルマー信仰が存在するのも、ビッグバンド全盛だった
1950~70年には、日本のサックスはまだ品質が良くなくて、
使うならばセルマーぐらいしかなかった、という名残なのかもしれない。

しかし、2008年の今や、ヤマハやヤナギサワなど日本のメーカーも
品質の良いサックスを作るようになったし、何もセルマーにこだわる
理由はないと言えよう。

管楽器というのは自分の肉体の延長みたいなものだと思う。
自分の使っている楽器を大切に使い込んでいこう、という気持ちになった。

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2008年2月16日 (土)

藝事の真髄

NHK朝ドラ「ちりとてちん」がまさに佳境だ。
今日の放送なんて、涙なくしては見られなかった。
笑いをとる脱力系かと思いきや、しっかり泣かせる。
なかなかすばらしい脚本である。

そして、この脚本家は藝事の真髄にも通じているように
思われる。
今日の放送で、小草若に対して草若が、「自分のないものを
高座で出そう思うても出えへん。お前はお前の落語をやったら
ええのや」というアドバイスをするシーンがあった。
ジャズのインプロビゼーションにしてもそうで、自分にないものを
やろうとしても出ない。また、人の真似をして自分らしくない
アドリブをしようとしても、聴いている方もわかってしまう。
だから、自分の歌を歌えばよい。

それから、草若師匠が言っていた台詞で、
「不器用なもんほどぎょうさん稽古する。
ぎょうさん稽古したもんは、誰よりもうまくなる」というのがあった。
これなどは、私がサックスの師匠に言われた言葉そのまんまである。

落語であろうと、音楽であろうと、その本質は同じということなのだろう。

ちりとてちん、おそるべし。
この脚本作家は藝事の真髄に通じているに違いない。

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2008年2月14日 (木)

わが青春のおニャン子クラブ

おニャン子クラブはいい。
「じゃあね」は泣ける。
「お先に失礼」は元気になれる。
内海和子の「プリントの夏」はせつなくなれる。
ニャンギラスは笑える。
おニャン子の歌には、青春のあらゆる感情が詰まっている。

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2008年2月 7日 (木)

久々の野外練習

朝から天気も良く、暖かそうだったので、久々に野外練習。
ロングトーン、オーバートーンなどを中心に、1時間余り。
ダウンジャケットを着て行ったのは良いが、指先の冷たさは
どうにもならない。
小雨がぱらついてきたところで撤収した。

よく「女心と秋の空」と言うが、私は秋の空よりも冬の空の方が
ころころと変わりやすいと思う。それは、分刻みで変わる。
洗濯をしようにも注意が必要だ。

寒い冬であっても、ときどきは野外で吹くべきだと思う。
夏にはぼうぼうに生い茂っていた河川敷の雑草がなくなっていたり、
木の葉が全部落ちていたり、と、季節によってこれほど風景が違うのかと
実感する。

今はまだ冬だが、もうすぐ春が近いという息吹のようなものも、
少しではあるが感じられる。

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2008年2月 6日 (水)

『あしたの、喜多善男』

フジ・関西系『あしたの、喜多善男』がとても面白い。
島田雅彦の『自由死刑』という小説をもとにしたものらしいけれど、
とにかく引き込まれてしまう。
まだ第5話だが、とても成功したドラマだと思う。
全編にわたって流れる小曽根真のジャズピアノが時にスリリングに、
時にせつなく、場面を盛り上げているのもいい。
最終回まで目が離せない。

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