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2008年3月30日 (日)

LIVE at 御影

昨夜は、御影で隔月でやっているライブだった。
店に入ってみると、満席でバンドのメンバーが座る場所もない。
こんなことは初めてで、とてもありがたい。

月末に行われるこの恒例ライブは、たいていゲストミュージシャンも入り、全部で
3~4組が演奏する。僕らはいつもオープニングアクトをつとめる。

そういう事情もあってか、いつもはかなりあがってしまうのだが、
この日は「楽しんでやろう」と腹を決めていたせいか、それほどあがることはなかった。

全部で4曲演奏したが、お客さんの反応も上々で、楽しんでいただけたようだった。
とりわけ嬉しかったのが、コースターの裏に「1番目のバンドが一番良かったです。
とても楽しかった。」というようなことを書いて残してくださったお客さんがいらっしゃったこと。
ほんとうに、ミュージシャン冥利に尽きる。
なぜライブをやるのか、と問われれば、それはお客さんに楽しんでもらいたい、
いい時間を過ごしてもらいたい、気持ちよくなってもらいたい、ただそれに尽きる。

自己主張めいたものなんて何も要らない。盛り上げ役に徹する。
それが、サービス業である僕らの役目だと思っている。

この店でのライブを始めてから3年になる。
夜の帰宅はもちろん午前様になるし、いろいろとしんどいと思うことも多く、
もう辞め時なのかな、と思うこともしばしばだった。
しかし、昨日のようにお客さんから具体的な反応が得られると、それがライブを
やる上での大きな活力となる。少しでも多くのお客さんに、「楽しかった」と
思ってもらえるよう、さらに創意工夫を重ねていきたい。

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2008年3月29日 (土)

言葉の価値

内実のない言葉を乱発することは、言葉の価値を下げ、それを発するその人の
価値を下げることになる。

内実のないセックスをどれだけたくさんしても、少しも自慢にならないばかりか
それがその人の価値を下げることになるのと同じようなものである。

他愛もない会話を否定しているわけではない。他愛もない会話が、人の心を
和ませ、人をほっとさせることがある。それは、言葉の価値を十分に発揮させて
いる例である。

そうではなく、実現できもしないことを口から出任せに言う、人の話を聞こうとしないで
(または、書いていることを読み取る努力をしないで)、自分の喋りたいことだけ喋る、
そういう人を見ると、その人は自らの言葉によって、その価値を下げているのだと
気の毒な気持ちにもなる。

「沈黙は金」と教えられたことに感謝する瞬間でもある。

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2008年3月27日 (木)

「ディベート」と「ダイアローグ」

3月24日の産経新聞の夕刊「改革の哲学」(鷲田清一さんのインタビュー)に、
面白いことが載っていた。

鷲田さん曰く、議論には「ディベート(討論)」と「ダイアローグ(対話)」の2種類が
ある、と。
そして、両者の違いは、

「ディベートというのは、議論の前と後で自分の考え方が変わると負けなんです。
相手を論破するのが目的だから。一方、ダイアローグでは、議論の前後で
自分が変わっていないと意味がないんです。人と話す中で『自分の考えが狭かったな』
と気付かされて、自分の考えが深まっていく。」

ということだそうだ。(2008.3.24産経夕刊「改革の哲学」第6回)

なるほどな、とうなってしまった。
私なりに解釈するならば、ディベートは「私が、オレが」と自己主張する議論であり、
ダイアローグは私心を排して共通の真理に到達するための議論とでも言えようか。

テレビの討論番組始め、インターネットもそうだが、巷には相手を負かすための
議論ばかりがあふれている。本当に必要なのはダイアローグであり、それは
ダイアローグによって真理に到達しようとしたソクラテスの時代から
少しも変わってはいないのだろう。

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2008年3月21日 (金)

テレビ東京系「みのもんたの歴史ミステリー」

とても面白かった。
オモテのアカデミズムでは取り上げられられないであろうテーマを、
番組独自に調査していた。だから歴史は面白い。
そして、歴史は度々書き換えられる。現在アカデミズムで認められている
ことが史実であるとは限らない。
印象に残ったのは、
◆聖徳太子は予言者であった。『未然本紀』という予言書が残されている。
◆関ヶ原の戦いの黒幕はイギリスのエリザベス女王であった。
徳川家康の甲冑はヨーロッパのものと同じだった。
スペイン・ポルトガルの影響を排除したかったエリザベス女王がウィリアム・アダムズ
(三浦按針)を日本に遣わし、日本の銀の貿易を独占しようとした。
◆邪馬台国は阿波(徳島)にあった。紀元前200年頃の古墳が徳島には大量にあり、
副葬品も出土している。
これらは、かなり説得力のある説だった。

他に、
◆天狗は古代ユダヤ人修道士だった。天狗が授ける「虎の巻」の語源は、ヘブライ語で
「戒律」を意味する「トーラー」である。
◆24年間不食の女性が明治時代に日本にいた。その人は万病を治すという神の水を
空中から集めることができた。詐欺をしているというかどで裁判にかけられたが、
密閉した瓶に神の水を集め、その場で裁判長に提出、無罪となった。

もうこうなると「ムー」かなんかの世界だが、とても面白く、興味深かった。

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2008年3月 5日 (水)

野外練習

久しぶりの野外練習。
しかし、河川敷は風も強く、寒かった。
途中、風に譜面を飛ばされて意欲も減退。
まだまだ「春は名のみの」であるようだ。
しかし、広い場所で音を遠くに飛ばす練習をするのは
大切なことだ。

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2008年3月 4日 (火)

NHK堀尾正明アナが退社へ

NHKの堀尾正明アナが3月末でNHKを辞めるそうだ。
NHKらしからぬ明るいキャラクターだっただけに、よけいに残念だ。
私が堀尾アナを知ったのは、「スタジオパークからこんにちは」をやっていた
時だ。ゲストの話を引き出す巧みな話術に、NHKにもこんな人がいるんだ、
と感心したものだった。

その後、「スタジオパーク」も人が色々と替わって、堀尾アナがやっていたとき
ほどの印象がなくなった。堀尾アナの後任はたしか関口知宏だったと思うが、
堀尾アナと比較してあまりにもの安定感のなさに、冷や冷やもので、見る気が
しなくなった。

堀尾アナもスタジオパークの後の仕事が「ニュース10」で、いったいNHKは
何を考えているのだ、といぶかったものだ。堀尾アナなら裏番組に勝てるだろうと
視聴率主義に走ったのだろう。

そもそも「ニュースステーション」(当時)とNHKニュースとでは見ている人間が違う。
片やキャスターによる皮肉や嫌みを売り物にするスタイル、片や事実を淡々と
報じるスタイルである。

堀尾氏はやはり芸能畑、トーク番組などが向いていたのだと思う。

NHKの幹部は適材適所ということを知らないのだろう。

NHK自体ずいぶん評判が悪くなっているし、人材流出は止まらないようにも見える。

いいアナウンサーを公共放送に、というのは受信料納付者の願いである。

NHKは、「みなさまのNHK」という言葉が本当は何を意味するのか、もう一度
考え直してほしい。

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