« 新しい辞書 | トップページ | I was born. »

2008年8月21日 (木)

生命の猛々しさ

8月1日に妻の出産に立ち会った。
そこで私が目にしたものは、猛々しい生命の姿であった。
人の中から人が出てくる様子は、あのB級ホラーのエイリアンを
連想させた。「感動」というような言葉とは、少し違うものだった。
そして、原始より、人はこのようにして生命をつないで来たのだな、
という感慨が起こった。

無事出産が終わり、私の腕の中に抱かれたのは、
辛うじて人の形をしているが、いまだ人間になっていない
生命体であった。

生命というのはかくも猛々しく、原始的なものである。
人はそこで生と死の深淵を目にするのである。
それは、日常というカテゴリーに入れることができない、
非日常の光景なのである。

だから、昔から出産の現場に男が入らないという慣習は
理にかなったものと言えるだろう。

女性はそれに耐えうる精神的なタフネスを持っている。
しかし、男性の神経は繊細にできているから、それに
耐えるのは大変だ。

生命は、生きるためには容赦しない。
生命は猛々しいものである。
それが、私が立ち会いで学んだことである。

都市化された人間は、このことを忘れてはいないだろうか。
昔から、人間はこの猛々しさをうまく飼い慣らしながら
日常生活を営んできた。

この猛々しさを理性でコントロールできると思うのは、
都市化された近代人の傲慢というものではないだろうか。

新しい命が産まれたという感動と共に、
私は生命の真実の姿に立ち会ったという気がした。

|

« 新しい辞書 | トップページ | I was born. »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/96735/42228998

この記事へのトラックバック一覧です: 生命の猛々しさ:

« 新しい辞書 | トップページ | I was born. »