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2009年8月31日 (月)

さて、ほんとうに「生活が第一」なのか

日本の有権者は、「生活が第一」という標語にまんまと乗せられて、
民主党政権の誕生を許してしまったようだ。
しかし、本当に「生活が第一」なのだろうか?

別にこれは、民主党の政策が実質的には増税政策であることや、
最低時給保証でコスト増を嫌う企業が日本から逃げ出し、
失業者がますます増大することなどを言っているわけではない。

私はもっと精神的、形而上的なレベルで問いを発しているのだ。

「生活が第一」。
これと対極にある言葉が、
「武士は食わねど高楊枝」や
「人はパンのみにて生くるにあらず」
なのである。

つまり、人間として大事なことは、生活以上に、精神的なものにある、
ということなのである。

「生活が第一」に騙された国民が多かったというのは、
それだけ価値観の中心が精神よりも物質に移ったということの表れなのであろう。

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2009衆院選狂想曲「すべては他人のせい」

終わりましたな、選挙。
まあ、こうなることはだいたい予想できていましたが。
それにしても、前回の郵政選挙以来、日本人がマスゴミに踊らされて
まったく賢くなっていないということには、軽い絶望感を覚えるのである。


多くの人が言う。
「自民が悪い。政権交代を!」と。
では、4年前のあの選挙であなたはいったい誰に、どこに投票したのか?
文句の一つも言う資格があるのは、小泉郵政選挙に反対票を投じた者だけだ。(´,_ゝ`)プッ
前回小泉支持で、今回民主支持、これが最悪の投票パターンだが、
結果を見る限り、そういう投票行動をとった者が多かったのだろう。


小泉構造改革で地方が疲弊し、貧富の格差が広がった。
これは事実である。
しかし、多くの人が小泉を支持したではないか。
地方が疲弊し、貧富の格差が広がったのは、他ならぬ、
小泉を支持した有権者自身の投票行動の結果ではないか。


けして自民党が悪かったのではない。
小泉の私党と化していた4年前の自民党に投じた有権者が悪いのである。


私は何を言っているか。
ようするに、民主主義における選挙とは、有権者のオツムの程度がそのまま
結果に反映
するシステムなのである。だから、「政治が悪い」のではない。
そういう政治を選んだ有権者が悪いにきまってるのである。


昨今の我が日本国の世論状況を見ると、まったく情けなくて、
すべてを政治のせい、人のせいにしている。
自分で責任をとろうとする心構えが全くない。
人のせいにするのが一番楽なのだ。批判していれば済むのだから。
それが、民主党への投票行動となって現れた。


だが、(池田晶子風に言えば)全てを人のせいにし、全てを人任せにし、
政治が何とかしてくれると思っている人は、いったい誰の人生を生きているのか
政治がどう変わろうと、経済がどう悪くなろうと、生きていくのはその人自身なのである。
生きていくというのは自分の責任において以外にありえないのである。


さあ、そういう覚悟さえあれば、たとえ民主党政権になって数々の闇法案が通され、
日本が日本人のものでなくなり、転がり落ちるように日本が没落の一途をたどったとしても、
私は力強く生きてゆけるだろう。
これは大いなるパラドックスである。

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