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2009年9月24日 (木)

インターネットにおける「議論」の不可能性

私も、「言いたいこと」は多い方である。
で、議論系のサイトを割とよく見る。(いや、よく見ていたと言った方がよいかもしれない。)
例えば、産経の「イザ!」とか「たかじんのそこまで言って委員会大会議室」とか、
読売の「発言小町」とか。

しかし、「議論」が「議論」として成熟し、実りあるものになっている例を見ない。
たいていは自分と異なる意見の人に対する揚げ足とりから誹謗中傷、攻撃、
に終わっている。

そりゃそうだ、そういう人は最初っから相手の考えを聞く気持ちなどないのだから。
しかも、顔が見えない、文字だけという形式がさらに暴力性に拍車をかけている。

結論すると、インターネットでの議論は不可能なのだ。

私もかつてはこのブログでいろいろなコミュニケーションをしたことがあるが、
最近はコメントを受け付けていない。人の意見を聞こうとせず、自分の主張を
押しつける人にいちいちからむコメンターに付き合うのがめんどくさいからだ。

インターネットが普及し、ほぼ誰でもブログを書いたり見たりできるようになったが、
ユーザーの階層もそれだけ下に広がっているということだろう。

誤字脱字はご愛嬌としても、現実と同じように「やかって」こられるのはたまらない。

コメント欄を設けなくても、読む人は読むだろうし、コミュニケーションが必要ならば
リアル世界ですればいいことだ。

議論系サイトの「荒れっぷり」を見ていて、つくづくそう思う。

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2009年9月15日 (火)

MT車礼讃

はっきり言おう。
MT車でなければ車ではない、と。
だいたい、AT限定なんて、あれは免許じゃない。
自動車教習で一番最初にぶつかる壁が、半クラッチなのだ。
半クラッチがうまくできるかできないかで、車を運転するセンスがあるかないかがわかる。
半クラッチで泣く。半クラッチがうまくできなくて、何度もエンストする。
それでも車を運転したい人がそれを乗り越えて、うまくなっていくのだ。
いわば、半クラッチは自動車運転の通過儀礼といってもよい。
全てにおいて通過儀礼をなくしてしまった現代日本社会は、
車の運転についても通過儀礼をなくしてしまった。

かく言う私も実はCVT車を運転している。
本当はMT車がほしかったが、MT車が設定されてなかったのだ!
何ということ!
昔は、MT車はAT車より10万円ほど安くて、お財布にも優しかったのに。
MT車はもはや絶滅危惧種となってしまったのか!

慣れてしまえばMT車の運転のし心地、車との一体感は、何物にも代え難い。
車を操る楽しみとは、MT車を操る楽しみと同義なのだ。

しかも、MT車は燃費もよい。
アクセルとブレーキの踏み間違いで急発進したとかいうこともありえないので、
安全性も高い。

自動車メーカーは運転の下手な人に媚びるのをやめて、MT設定車を増やしてほしい。

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