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2009年12月26日 (土)

二つの「歌」

先日偶然、車で流していたラジオで聴いた曲。
宇佐元恭一「雨ニモ負ケズ」。
おなじみ宮澤賢治の詩に曲をつけたものだが、
とても自然でまさに天衣無縫、すなわち繕ったような痕跡がない。
なんでも、天からメロディーが降ってきて、
一晩明けたら曲ができていたそうだ。
そういうことってあるんだな。
ちなみに、宇佐元恭一氏は1982年にデビューの苦労人、
「雨ニモ負ケズ」も2006年にインディーズから発売されて、
ここにきて大ブレイクしたそうだ。


もうお一方。
インターネットで広まっていた「手紙」という
ポルトガル語の詩に曲をつけた樋口了一というお方は93年デビューだそうだ。
「手紙」というこの詩は、年老いた親から子どもへの伝言という形で、
とても心を打たれる。
樋口氏は、この歌について、「もともとが手紙という形でネットで広まったものだし、自分が何かしたという感じは全然ない」と。


どちらの歌も、その底にある精神性、今風に言えばスピリチュアリティを感じる。2010年代は、こころ、精神性を大事にする時代になってゆくのだろう。また、この二人がぱっと出の新人ではなく、ベテランシンガーだというのもいい。

惚れた腫れた、の歌も良いが、こういう大人の歌が歌われる、そして聴かれる世の中になってほしいものだ。

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メッセンジャー黒田傷害で逮捕

もともとお笑い芸人というのは好きではなかった。
特に、「すべらない話」なんていうのも、内輪受けで、あんなのは芸のうちには
入らない、と思っていた。
テレビなんかを見ても、どうも芸人同士の内輪ネタでもりあがるというパターンが多く、
本当に命をかけて視聴者を笑わせようとしている芸人は少ないと思う。

ところが、家内と暮らすようになってから、お笑い大好きの家内の影響を受けて、
しかたなく一緒にテレビなどを見るようになってしまった。

メッセンジャーはどちらかといえばあいはらの方が好きだった。
黒田はどちらかというとダークなイメージがあった。

報道によると、傷害で飲食店店長の顔の骨を骨折させたとか。
被害者の接客の態度が悪かったのかも知れない。
しかし、テレビに出る有名人として、傷害はまずいだろう。

私は正気に戻った。
やっぱり芸人は所詮芸人だ。
できれば子どもにも、ああいう芸人の出る番組は見せたくない。

もちろん、吉本でも、池乃めだかのように、苦労の末に花開いた立派な人もいる。
そういう人は応援していきたい。

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2009年12月15日 (火)

属国化の跫音が聞こえる

憂慮していた習近平と、天皇陛下との面会が実現した。
汚沢一郎の常軌を逸した行動に、いち日本国民として
憤りを禁じ得ない。

事の経緯についてここで詳しく述べるのはよそう。
竹田恒泰氏がよせてくださったトラックバックを参照して頂きたい。

習近平の尊大で不遜な態度は容認することのできないものであった。
先日のオバマとは大違いである。

ところで、鳩はこの件について反省するどころか、
「次のリーダーになる方なのに、こんな騒ぎになって残念だ」と
開き直っている。また、汚沢一郎は、記者会見で逆ギレしまくった。

私は提案する。
鳩と汚沢には日本国籍を剥奪し、シナに帰ってもらおう。
汚沢と同行した訪中団も同様だ。

そして、汚沢が幹事長を務める(中華人民)民主党について。
今や幹事長が「私は人民解放軍の野戦司令官だ」ということを
明らかにした以上、破防法を適用し、解散命令を出すしかないだろう。
それが、法治国家日本のなすべき事である。

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2009年12月14日 (月)

売国の跫音

売国の跫音が聞こえる。

これだけは、書いておかねばならない。

天皇陛下が、売国政府の闇将軍小沢一郎によって、中国の副主席と
会見させられる。日本国民は断固としてこれを阻止しなければならない。

中共は、近年チベットや東トルキスタンにおいて、理由無き大量殺戮を行ってきた。
習近平副主席と言えば、その元締めみたいなものだ。

戦後、我が日本国民と世界の平和を一筋に願って歩んでこられた天皇陛下を、
売り渡すようなことがあってはならない。

小沢一郎は現代の道鏡である。
すなわち、天皇陛下を政治利用しようとしている。
彼は、シナ大陸に600人を引き連れて出向き、胡錦濤国家主席とチルドレンのツーショット写真を撮らせた。
その上、「私は中国人民解放軍の野戦軍司令官だ」と言った。
日本の政治家ではない。
このブログで取り上げるだに汚らわしい。

マスゴミはなぜ黙っているのか。

これは政治家としては聞き捨てならない発言だ。
柳澤伯夫氏の「産む機械」や鴻池祥肇氏の「ファー」発言どころではない。
ただちに政治問題化し、退陣要求を突きつけなければならない問題だ。

しかも、韓国にまで行って、勝手に天皇陛下の訪韓をほのめかし、
また、勝手に在日外国人の地方参政権を約束してきた。

狂っている。
万死に値する。
このことを問題視しないマスゴミもまた狂っている。

聖徳太子がなぜ偉大な人物として語り継がれているか。
当時冊幇体制にあった中国(随)に対し、「我が国は独立国だ。随の軍門には下らない」と
堂々と宣言したからなのだ。

小沢・鳩山政権は、その真逆を行っている。
すなわち、「日本は中国の朝貢国になります」ともみ手をしてごまをすっているのだ。

そんなことは断固として許されるはずもない。


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2009年12月 3日 (木)

無償の愛

よく、親の子に対する愛は無償の愛だと言うけれど、
最近思うのは、本当は親の方が子どもから無償の愛を
与えられているのだ、ということだ。

子どもは、疑うということを知らない。
親を全面的に信頼し、委ねてくる。
それはまさに無償の愛だ。

もっとも三歳ぐらいにもなれば、いろんな知恵もついてくるだろうが、
一歳数ヶ月であれば、まだ人間の思い計らいを知らない。
それはすなわち、それぐらいの子どもはまだ神の世界のものだという
ことである。

我々親は、子どもを通して、そういう神的な無償の愛を受けているのだと思う。
親が子どもに無償の愛を与えていると思うのは、人間の思い上がりに過ぎないのだろう。

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