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2011年7月27日 (水)

ブラウン管テレビの再利用

ちょっと前にネットで見かけた記事。
テレビのブラウン管のガラスには、電磁波を弱めるための鉛が20~30%ぐらい入っていて、
これを砕いてカレットにすれば、放射線を防御するのに有効なガラスを作ることが出来る
そうだ。

今年は地デジ元年で、大量のブラウン管テレビが廃棄されるだろう。
私は、それらはただのお荷物な廃棄物になるだけだと思っていたが、
さにあらず。立派に再利用される道が開けているということだ。

まさに、捨てる神あれば拾う神あり、ではないか。

地デジ移行の年にあの忌まわしい福島原発の事故があったとは、
なんという巡り合わせであろうか。

これまで私たちを楽しませてくれたブラウン管テレビたちには、
ぜひとも生まれ変わって、新しい持ち場で頑張っていただきたい。

合掌。

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2011年7月20日 (水)

生と死と

母が、末期癌である。

ほんのふた月前までは、車いすに乗りながら、どうにか喋ることも出来たのだが、
今はもう寝たきりになってしまった。転移性の脳腫瘍で、最後の手段として
サイバーナイフをやっていたが、それも効き目がなく、医者には他に方法がない、
と言われてしまった。脳の病気なので、徐々に歩けなくなり、嚥下ができなくなり、
そして今は喋ることが出来なくなった。

誤嚥性の肺炎で今月初めに入院し、肺炎は回復したが、寝たきりである。
入院当初は目を開けて、手を握り返すことで意思疎通が出来た。
今は、私が見舞う時間帯のせいか、よく眠っていて、あまり目を開けてはくれない。

かつてはずいぶんと不眠に悩んでいたから、その分も眠っているのだろう。
私はその眠りを妨げようという気にはならない。

とは言え、ひたすらに眠り続ける姿を見るのも忍びないものがある。

だが、母にとっては、最後が脳腫瘍だったというのは、良かったのかもしれない。
もしも意識が明瞭なまま、他の病気で亡くなるのだとしたら、また死の恐怖に怯え、
不眠に悩まされなければならないだろうから。

癌にかかったことで死の恐怖に怯え、うつや不眠になる人も多いと聞くが、母もその一人だった。
以前からかかっていた心療内科クリニックに引き続き通っていたが、不眠や
パニックを訴えても、薬の量を増やすだけで、それは10種類近くにのぼったという。
なぜ、そういう治療しかできないのだろうか?
不安の原因がはっきりしているのだから、明らかに、他の一般の患者とは異なった、
特化された治療をしなければならないというのに。

私は、母が不眠に悩んでいた頃、聞いてみた。
「ほんとにあそこの先生でイイの?」と。
母は、「あそこでええわ」と答えたのは確かだ。
だから、他人である私がとやかく(医者を変えた方がよいとか)言うことはできなかった。

癌の患者に対しては、精神的なケアも含めた、全人的な医療が必要なのだと思う。
だが、日本の医療は相も変わらず、パーツごとの治療というパラダイムに呪縛されている。
おそらくこれからは、それはもう時代遅れということになるのではないだろうか。
たとえば、帯津良三氏の提唱する、「死」までも視野に入れたホリスティック医学などが、
最先端を行っていると思う。

話がずいぶんそれた。

母の闘病もずいぶん長いので、ある程度は心づもりはできているつもりだった。
しかし、明日の昼、ドクターから話があるという。
その知らせを聞いて、やはり平静ではいられなかった。

人は生まれた以上、必ず死ぬ。
これは、人間すべてに平等なことである。
苦しい闘病の末に亡くなる人もいれば、事故や天災で一瞬のうちに亡くなってしまう人もいる。

母も3月の大津波の映像を見ていたはずだが、どう思っただろうか?
今では知るよしもないが。

私は、あの出来事は、人はいつか必ず死ぬということを、われわれ日本人に知らしめる、
天からのメッセージだったのではないかと思っている。
だから私は、軽々に「がんばろう」などとは言えない。
生と死、それは我々のあずかり知らぬところにある。
だから、いつ死んでもいいように、今日一日、一刻一刻を、精一杯生きるべきではないだろうか?
それがなかなか我々凡夫にはできないのだけれども…。

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2011年7月16日 (土)

夏真っ盛りである。
一般の人たちは、これからが夏本番、と思っているところだろう。

しかし、早朝や夕方に外を歩くと、日差しの傾き方や、風の涼しさの中に、
すでに秋の気配が潜んでいることを感じざるを得ないのである。

夏至の頃の日差しの強さと比べればそれは一目瞭然である。
あの頃は、東の窓から入ってくる朝日がとても強く、早朝から
焼けつくような暑さを感じたものだ。

それに比べると、まだ夏休みも始まっていない今日であるが、
夏の中に、明らかに秋がすこしずつ、忍び込んでいる。

人の人生もまた、そういうものではないだろうか。
生の中に、死は少しずつ入ってきている。
黒髪の中に、少しずつ白い髪が混じってくる。

森羅万象が、そういうものではないだろうか。
あるものは少しずつ変化する。
今あるものの中に、少しずつ、次のものの萌芽とか予兆というものが
入ってくる。

そういう目で現象界をとらえておくことはとても大切なことではないだろうか。

いずれにせよ、死は誰にでもやってくる。
すなわち、生きているときから、少しずつ、死とともに生きているのだ。
そういう自覚は大切なことだと思う。

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2011年7月 8日 (金)

テレビ東京ドラマ『鈴木先生』

実はまだ、最終回の録画を全部見ていないのだが、テレ東『鈴木先生』は実に見応えのあるドラマだった。

価値観が多様化し、一つの物語では生きられない時代、自分で考えさせる教師と、それに応じて自分で考え、問題を乗り越えようとするたくましい中学生の姿が描かれていた。

学校ものと言えば、「金八」みたいな左翼教師や「ごくせん」みたいなヤンキー教師ばかりがもてはやされて、どうも見る気がしなかったのだが、この『鈴木先生』は可能な限り現実に近い教師像ではないだろうか。

中学生という多感な時期だけに、さまざまな問題がクラスで勃発する。
それに対して、ある一つの価値観を上から押しつけるのではなく、「何が問題なのか」を自分の頭で考えさせる。自分の頭で考えることを覚えた生徒は、もうけっして誰かに正解を教えてもらおうとはしない。自分(たち)で考えて、自分(たち)で納得できる結論を導こうとするのだ。

教師は、ある価値観を押しつけるのではなく、生徒自身が納得の上で、正解にたどり着けるよう、手助けをする役割にすぎないのだ。

もっともこれは、相手が中学生だから出来ることであって、相手が小学生ならば無理だ。論理的思考力も乏しいし、基本的な常識や社会通念というものを教え込まなければならない時期だから。また、場合によっては中学生でも微妙で、高校生から、という場合もあるだろう。

最終回の「鈴木裁判」は、集団リンチみたいでいやだな、と思っていたが、作者にとってはそれも織り込み済みで、生徒にそういう意見を言わせてもいる。最初は感情のぶつけ合いだったのが、次第に冷静になっていって、中学生とは思えないほどきちんとした議論が出来るようになってくる。フィクションだから、というのもあるが、これにはびっくりした。

自分の気に入らない生徒に対してや、相対立する意見を持つ生徒に対して、感情的に怒鳴りつけたり、有無を言わさず自分の考えを押しつけたりする教師はよくいるだろう。優等生であればあるほど、この人に逆らうと我が身が危ない、と思って、自分の頭で思考することをやめてしまい、教師に判断をゆだねてしまったり、自分の考えを封印してしまったりするものだ。そういう人は、学校を卒業して大人になると、自分の考えが持てない抜け殻になってしまったり、自分のやりたいことがわからなくなってしまったり、「指示待ち族」になってしまったり、「大きな物語」を求めて新興宗教に入ってしまったり、という弊害を生ずる。

そうならないために、自分(たち)の頭で考え、自分(たち)自身で納得して問題を解決する能力が必要なのだ。

「鈴木先生」は先行き不透明なこれからの時代、ありうべき教育の姿、ありうべき教師の姿を示してくれているような気がする。

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