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2012年4月 5日 (木)

『原子力と宗教』(玄侑宗久×鎌田東二)その2

続き。

とはいうものの、保守の間にも、原発に反対する方がいらっしゃるのは事実である。

たとえば、竹田恒泰氏は、「原発には愛がない」とのたまう。それもまた本当であろう。

また、半減期が二万年もかかるような物質を扱うのが果たして適当かどうか。やはりこれは人間の「身の丈を超えている」のではないだろうか。

私がよく分からないのは、広島と長崎であれだけの大爆発が起こり、多量の放射性物質が撒き散らされたのに、広島にも長崎にも人が住むことができ、程なくして元の町にもどったことだ。おそらくそこでできた農作物や畜産物を、みんな食べていた。その影響というのはどうだったのか。

また、1960年代ごろまでは核保有国による地上核実験も頻繁に行われていた。当然それによって放射性物質が地球上にばらまかれた。それでもわれわれは普通に物を食べたり飲んだりしていた。

そういう影響はあるのかどうなのか。最近、癌による死者が増えていることとの因果関係があるのかどうか。

そういうさまざまなことを検証しなければならないと思うのだが。

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『原子力と宗教』(玄侑宗久×鎌田東二、角川oneテーマ新書)

それにしても玄侑宗久さんは博識な人だ。
私たちが昔から口にしていたさまざまな食べ物にはもともと放射性物質が含まれており、それを安い線量計で測って大騒ぎするのはナンセンスだと断じている。

しかし、意外だったのは、玄侑さんの方が原子力から脱却すべしと唱え、鎌田さんの方が、すぐに原子力から脱却するのは難しいのではないかと言っていることだった。

玄侑さんは、日本人は原子力によっていままで幸も恵みも受けてきた。だから、それと決別するためには何らかの儀式、祭祀が必要だと言う。

私もそうだと思う。

今まで電力による恩恵を享受しておきながら、事故が起こったとたんに「やっぱりあれはダメだった」というのはなんか違うと思う。

とりわけ、ネット上で反原発運動をしている人たちには違和感を覚える。

パソコンもインターネットも、電力がなければ使えない。そういう自らの姿を棚に上げて、やれ原発反対というのは違うと思う。せめてガリ版で手刷りのビラを配るとか、そういう覚悟の元でなければ。

われわれの現代の生活がいかに電力に依存しているか。

30年前と比べて明らかにさまざまな物が電化されたし、それに伴って電気の消費量も増えた。

40年ほど前には停電なんか頻繁だったが、最近では停電なんかほとんど起こらない。

この40年で電力がいかに安定供給されるようになったか、ということを考えねばならない。それには原子力発電が大きく関わっているはずだ。

生活の中だけではない。

さまざまな工業製品はもはや電力無しでは生産不可能になっている。日本が高品質の製品を生産できるのは、精密に自動化された生産ラインがあるおかげなのだ。

原発に反対とか賛成とか言う前に、その認識があるかどうかだとおもう。

その上で、そういう便利な文明生活を捨てる覚悟があるかどうか。

原発反対を言う資格があるのは、その覚悟がある者だけだと思う。

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