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2012年11月26日 (月)

「積み木くずし 最終章」を見て

偶然テレビをつけて見始めた、「積み木くずし 最終章」(フジ系)。
引き込まれるように見てしまい、途中でやめられなくなって、とうとう最後まで見てしまった(第1夜)。
なんという地獄の連続か、と思って、暗澹たる気持ちになってしまった。
で、このままでは終われないと思って、第2夜も見ることになった。
第2夜の最後まで見て、ようやく救われた思いになった。

とにかく、ドロドロの連続で、こんな悲惨な話が本当にあるのか、「事実は小説より奇なり」を地で行くような内容で、昼ドラのドロドロなんかちゃちいものに思えた。

作者の穂積氏に対しては、ネットでも色々批判もあるようだが、私は単に金儲け目当てだとか、話が出来すぎていて脚色を加えているという風には思えなかった。

やはり、この「最終章」は、作者の懺悔の書であり、作者が死ぬ前にきちんと決着をつけておきたかった問題についてのまとめということではないのだろうか。

私も少しネットで調べてみたが、事実関係との齟齬というのはあまり感じられなかった。

『積み木くずし』をリアルタイムで見たり読んだりしていなかった私は、第1夜をみて、ある日突然何の前触れもなくグレるというようなことがあるんだろうか? と疑問に思ったが、やはり物事には原因があるのだということが、第2夜を見て思ったことだった。

穂積家においては、ドラマで描かれていたように、親が子供に無関心であったり、子どもより世間体を気にしていたり、というようなことが原因だったのだろう。

さらに、そこに穂積氏の妻にねっとりと貼り付くような「黒沼」の存在が、家庭のありようを不安定なものにさせ、その不安定さを子どもが敏感に感じていた、ということなんだろう。

それにしても、最後は美談で終わっているものの、この奥さんの愚かしさというのか、どうしようもなさ、そして、黒沼という存在がありながら、穂積氏が何も気づかなかったとすれば、どれほど鈍感であったのか、どれほど家庭に無頓着であったのか、と思わざるを得ない。

普通は、奥さんが定期的に男と密通していようものなら、何か雰囲気で分かりそうなものだと思うが……。

このドラマを見ての教訓は、
●一目ぼれの結婚は危険、少なくとも身辺はよく調べるべし
●何か問題が起こる所には必ず原因がある
●何よりも、家族を大切にせよ
ということだろうか。

あまりにもヘヴィーなドラマだったので、とにかく感想を吐きだしておきたかった。

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