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2013年9月18日 (水)

ミュージシャンとお花畑~その3

書き残したことをもう少し。

要するに、私が言いたいのは、こういうことだ。
どうして素直に、ぼくらの生活や音楽を支えてくれている電力、ありがとう、と素直に言えないのだろう。
そうして、すこしでも電力消費を減らせるよう、節約しよう、と言えないのだろう。
そういうことだ。

また、放射能放射能と騒いでる人間に限って、飛行機使って海外飛び回ってたりする。
機内の線量は、「フクシマ」の何十倍も高いということを知らないのだろうか。
無知すぎるにもほどがある。
そういう人間に限って、福島のものを買わないようにしよう、なんて言って、風評加害の片棒を担いでいたりするわけだ。

原発反対、放射能反対言ってればそれで正義の立場だとでも思っているのだろうか。
人間社会、国際社会は思っている以上に複雑なのだ。

自分だけは善人でいたい、というような独りよがりの思考が、すごく気持ち悪いんだよね。

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ミュージシャンとお花畑~その2

ミュージシャンとお花畑について、また書きます。

FBを見てると、ミュージシャンって反原発の人がほんとに多いんだなあ、と思います。
すぐに原発やめろ!ってスタンスです。
山本太郎のリンクを貼ってる人もいます。
みのもんたはフクシマのことを心配して素晴らしいのに、なぜ消されるんだ、みたいな人も。

我が国は隣国と違って、言論の自由が保証されていますから、だれが何を言おうと自由だと思います。
しかし、上記のようなカキコを見ると、ほんとにイタイなあ、と思わざるを得ません。

どうしてか。
それは、己のことを棚上げして他の瑕疵をひたすら非難する思考だからです。

人は皆、誰かに迷惑をかけつつ生きている。
誰にも迷惑をかけずに生きることなんて不可能だ。
だから、人は自ずと謙虚にならざるを得ない。

これが私の人生における構えです。

何を言いたいのか。
誰しも、電力の恩恵にあずかっていると思うんです。
ミュージシャンならなおさらのこと。
エレキギターや電子キーボード、ライブを行うときに使うPA。
もちろん、完全に生で行うライブもあるでしょうが、野外でなければ照明も要ります。
レコーディングをするひとなら、必ず電力のお世話になります。

そういうことを一切省みることもなく、「原発ハンターイ」って叫んでる人には、ほんとにおぞましさを感じるんですよね。なぜなら自省する力がないからです。

日本が、この腹黒い国際社会のなかで生き残っていくためには、日本の先端技術が必要であり、そのためにはどうしても質の良い電力が必要なのです。

テメエが鳴らしてるそのギターは何だ?
そのキーボードは?
アンプだけじゃない、日本製のキーボードなら、良質な電力を使って作られた工業製品なんです。

原発ハンターイなんて叫んでるミュージシャンには、じゃあギターアンプなんか使うな、完全にアンプラグドでやれ、と言いたいです。もし電力が必要なら、自分でエアロバイク漕げ、電気を作るのがどれだけ大変か思い知れ、と言ってやりたいです。

本当は、冷蔵庫も使うな、ましてやパソコンなんか使うな、と言いたいのですが。

要するに、オマエがのうのうと暮らしていられるのは一体誰のお陰だ、そのことも考えずに、何が原発反対だ、ってことですよ。

たとえて言うと、一家において、父が一生懸命汗水流して働いて、お金を稼いでくる。そのお陰で子供は生活できている。父がそのためにどれだけ苦労しているか、想像すらしないで、親に向かって「お前くさいんだよ、早く失せろ」と言ってるどら息子と一緒なんですよ。

そういう醜さ、気持ち悪さが、私は大嫌いなんです。

ちなみに、「韓流研究室」に面白いエントリがあったので、貼っておきます。

(以下、引用)

★ヨーロッパ産はヨシ、日本産はダメ。
 2013-09-03
 http://ameblo.jp/sincerelee/entry-11605434315.html
さてさて、韓国中のマスコミとネチズンが
「放射能ネタで行こう 」
と日本への攻撃を続けている今日今頃ですが、

ちょっと面白いことが分かったので、
簡単に紹介します。

韓国で「日本産を輸入禁止しろ!」と
騒いでいる根拠となる「放射能騒動」関連物質
(セシウムなど)は、どれも基準値未満です。

市民団体やマスコミなどは
「極めて微量でも、食べ続けると危険だ」
という論調でした。

・・・・ですが、
ヨーロッパ産の粉ミルクとチーズで、
それと同じ位のセシウムが検出された
ことが分かりました。


個人的には
「よかったね。ヨーロッパ産も
 輸入禁止しろと騒げよ(笑」と見ていたのですが・・・

何と、同じ量のセシウム(もちろん、
基準値未満です)が検出されたのに、
日本産は返送、ヨーロッパ産はそのまま通して
いるとのことです。
(引用ここまで、続きはリンク先で)

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2013年9月13日 (金)

ジャズピアニストとしての大江千里さん

ブログを放置していた間も、地味にアクセスはあるんですね。
いったいどんな殊勝なお方が、この毒舌ブログを読んでくださっているんでしょうか?

さて、また毒を吐きます。
もちろんここで退出してくださっても結構です。

先日、大江千里さんがNHKのスタジオパークに出ていらっしゃいました。
47歳にしてアメリカのニュースクール大学に入学して、ジャズを学ばれたそうです。
その向上心、すごいと思います。

若い学生から、「一人だけジャズじゃないヤツがいる」と言われたり、教授から「一番下手」と言われたりして、日本でそこそこの実績を残したミュージシャンであるのに、そのプライドをかなぐり捨てて、本場のジャズを学ぼうとする向学心、すごいと思います。ほんとうに謙虚な方なんだな、と思います。

しかし、ここで思うんですが、どうしてみんなジャズを学ぼうと思うんでしょうか。
私は若い頃、大江さんの楽曲、特に「pleasure」というアルバムに衝撃を受け、こんなかっこよくておしゃれで、しかも感動的なコード進行って何だろう! と思ったのですが、それから20年近く経って、ジャズの理論というのを勉強して、その謎の一端を垣間見たのでした。

でも、大江さんなら、少なくともコード理論は知っていたことになる。
ならば、結局、番組内でもおっしゃっていたように、縦乗りの音楽ではなくて、横乗りの、指パッチンをしながら「イエ~イ」っていう、要するに4ビートの「どジャズ」を習いに行ったってことですね。

別にそれ自体はいいのですが、大江さんが番組内で披露したジャズのデュオの曲「Boys mature slow」でしたっけ、大江メロディを残したオリジナルなジャズって感じでしたが、その曲は日本のリスナーのどのぐらいの人たちに「届いた」のでしょうか?

番組内でも、視聴者から「大江千里さんが何か遠いところに行ってしまったような気がする。だけど、大江さんがいいというジャズをこれから少しずつ聴いていきたいと思います」というようなメッセージがあった。古くからの大江ファンの、偽らざる心境なのではないだろうか。

何か言いたいことを言うのに、母国語で言うのと外国語で言うのと、どちらが伝えやすいだろうか。

私は母国語だと思うんですがね。

ジャズというのはやっぱり英語の音楽なんですよ。
あのシンコペーションの乗りというのは、語末の子音と語頭の母音がくっついて音節を形成する、英語の乗りなんですよ。音韻体系からして、日本語とは全然違う。
だから、ジャズというのは外人がやる、英語の音楽なんです。

それに対して、西洋のコード進行を使いながらそれに日本語を乗せてメッセージを伝えるJ-POPというのは、日本人が編み出した素晴らしい音楽だと思うんです。そして、日本語を母語とする人には、それが一番メッセージを伝えやすいし、伝わりやすい。それで、涙を流したりするわけです。

私も、若い頃、大江さんの「リップスティック・グラフィティ」や「Rain」などを聴いて涙したもんです。

とりわけビバップ以降のジャズというのは、曲芸的なハイテクニックを聴衆に披露する、いわば格闘技的なバトル音楽であって、メッセージで人を泣かす、というのではありません。基本的に、テクニックで人をうならせたり、ここでこのテンションを鳴らすとめっちゃ気持ちええなぁ~みたいなところで人を感心させる興行的音楽なんだと思います。

だから、人によっては、ジャズの千里さんってよくわかんない、やっぱり昔のJ-POPやってた千里さんがいい、という人は多いんじゃないんでしょうかね。

もし、人を感動させることや共感を広めることを目的とするなら、やっぱり母語による音楽の方が有効なんじゃないかな、と思うわけです。もちろんJ-POPだと普遍性がないと考える向きもありますが、しかし、日本のJ-POPのすばらしさがアメリカでも認められ、アメリカのミュージシャンが日本の曲をカヴァーしてたりする。そのぐらい、日本のJ-POPは世界に誇るべき文化なんだと思います。

要するに、私が言いたいのはこういうことです。
音楽にはヒエラルキーがあってその頂点にジャズが位置する、ジャズが最も高尚な音楽である、のでは断じてない。それはたんに言語の違い、ローカリティの問題であるだけなのである。日本民謡には日本民謡のすばらしさがあるし、J-POPにはJ-POPのすばらしさがある。それがわかってないと、ジャズ真理教みたいな、妙なことになるんじゃないか、と。実際そういう人を見たことがあるので。(で、そういう人に限ってジャズがわかってなかったりする(゚m゚*))

番組を見て家内に「やっぱりジャズの大江千里より、ポップス歌ってた大江千里の方がぐっとくるなあ~」と家内に言ったら「そりゃアンタが大江千里のことを妬んでるだけやろ」と、にべもなく一蹴されてしまったので、ここにぶちまけた次第です。

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2013年9月12日 (木)

ミュージシャンと「お花畑」

久しぶりに書きます。
更新をサボっている間に、ココログの操作の仕方を忘れてしまったり……。
コメントも公開と非公開、選べるようになってたんですね。
コメントくださった方、放置していてすみませんでした。

さて、ここを放置してしまった理由の一つとして、mixiやfacebookなどのSNSをやり始めたから、というのがあるんですね。まあ、一応会員制のクローズドな場だから、安心か、と思って。

しかし、意外や意外、さにあらず。
実は、facebookというのは、「見たくないものを見せられてしまう」「知りたくないことを知らされてしまう」ものなんだなぁ、と、つくづく感じています。

私は、政治信条的には「伝統保守」なんですが、Facebookのフィードを見てると、私のFBFが、わけのわからんプロ市民のページからリンク貼ってきたり、わけのわからんサヨクアジサイトで「憲法改正反対の署名お願いします」とかやってるのを貼ってきたり、「自民党だけには投票しないでください」とかいうのをシェアしてたり。

もう、うんざりしてます。

ミュージシャンとしては立派にやってるのに、その人がそういうリンクやシェアしてるのを見ると、もう、がっかりですね。

ブルータスよ、お前もか、って心情ですよ。

もちろん、逆の場合もあるんですけどね。
「このFBFとはあまり話したことなかったけど、案外わかってるじゃん! 」ということもあるにはあるんですが、とても少ないです。
逆の方が圧倒的に多い。

あんまり大人げないコメント書くのもなんだかアレなんで、「あ~あ、この人もお花畑か。
いい人なのに残念だったな」と思って、もう見ないことにしてるんですけど。

ミュージシャンも、もっと現実のことを勉強しないと、馬鹿にされますよね。
意見を言う以上は、ちゃんと勉強してほしいな、と思う。
その評論家がどういう立ち位置の人なのか、そのメディアがどういう立ち位置なのか、などについても。

それともアレですかね、なんとなく反原発とか反改憲とかやってるのがカッコイイとか思ってるんでしょうかね。坂本龍一なんか、あんだけ電気使った音楽でカネ稼いどいて、「たかが電気です」とか言っちゃって、誰が見ても噴飯物だと思うんですけど。
電気がないと命を維持できない人だっているんだってことを、知らないんでしょうか、それとも知ってて言ってる確信犯なんでしょうか。
どっちにしても、ヤな人ですよね。

FBやるようになって幻滅した人がたくさんいます。
一体何のためのFBなのか、と思います。

僕も最初は、反論のリンクをシェアしたりしてたんですけど、だんだん空しくなってきたというか、馬鹿らしくなってきたというか。

そういう政治論争見たくない人もFBFにはいるだろうし。
まあ、「我関せず」でいいかな、と。

ミュージシャンの場合、政治とか宗教とかに関する発言は一切しない、っていうのも一つの知恵ですよね。

敬愛する小田和正さんなんかは、私の嫌いなTBSとか朝日新聞とかによく露出しますが、彼が原発がどうのとか、憲法改正がどうのとか、徴兵制がどうのとか、言ってるのは寡聞にして聞いたことがない。その点は偉いと思います。

音楽は立場を超えて万人にアピールするものだということが、わかってるんでしょうね。
プロのなかのプロだと思います。

まあ、小田さんの場合は、もし仮に、そういう発言があったとしても、私なら「ったく、小田さんってば、しょうがねえなあ」ぐらいで済ませると思いますが。

それだけ彼の残してきた足跡が偉大だってことです。私にとっては。

でも、三文ミュージシャンが、やれ原発がとか放射能がとか徴兵制がとか言っても、何の説得力もない(笑)。

ああ、この人、自分が「いい人」だってことを必死でアピールしてるんだな、としか思わないです、私は。
何の説得力もなく、説得する努力もなく、自分に酔ってるんですよ。いい人である自分に。

かわいそうですね、ある意味。

そういう人にはそういう音楽、つまり、説得力も何もない、自己陶酔だけの独りよがりの音楽しかできないんじゃないかな。

逆に言えば、反原発で鳴らしたキヨシローは、それなりにアピールする力を持っていたと思います。
たぶん、それだけ命がけでやってたからなんでしょうね。
敵ながらあっぱれだと。

そう思います。

FBに書くといろいろ差し支えるんで、ここで思いの丈をぶちまけさせてもらいました。   ―了―

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