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2017年8月20日 (日)

我々を生かし、殺すもの

故・井上忠のいうところの、「我々を生かし殺す『そいつ』」の世界を、こちらからは見ることができない。
だが、向こうからはこちらのことは手に取るように見えているのだろう。
まるでマジックミラーのように。

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尾崎一雄、幸田文の小説

小川榮太郎先生がFBで、日本人は尾崎一雄の『芳兵衛物語』を読め、と書いていらっしゃったので、早速読んでみた。
読後感も爽やかで、とてもいい小説だった。
もう一つ、幸田文の「台所のおと」も読んでみた。
二つに共通するのは、夫婦の物語だということだ。
『芳兵衛』では、結婚生活に一度失敗した多木という男性が主人公で、「台所のおと」に登場する佐吉は、あきとは三度目の結婚で出会った。
思うのだが、「失敗した」と思ったら解消する選択肢も昔はあったのだなと。
もちろん、忍耐することで人格も陶冶されていくのだろうが、病気になるぐらいストレスをためてしまうなら、婚姻を解消するのも一つの手段ではあろう。
事実、二つの小説の男性はそれで幸せになっている。
親子関係は変えられないが、配偶関係は変えられるというのは事実だと思う。

もっとも、私はこのまま今の生活を今の妻と続けていくことを選んでいるのだが。
そのことによって自分の世界が広がり、人格が柔軟になることを望んでいる。
というのは強がりのやせ我慢だろうか。
しかし日本にはやせ我慢の美学というものもあるではないか。

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2017年8月19日 (土)

本当の馬鹿とは

何度言っても同じ間違いを繰り返す奴、というのもそうだが、本当の馬鹿とはどういうものか。
それは、自分の愚かさに全く気付いていない奴、それが本当の馬鹿というものだろう。

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2017年8月18日 (金)

日記

快晴。
朝はわりとすっきりめの目覚め。
ただ、熟睡感があるわけではない。とりわけここ2~3日のことだ。
やはりOPなどを目前に控えて、神経が高ぶっているのだろうか。
あるいは、寝る前の読書のせいか、暑さのせいか。昼間の運動不足(頭脳も含めて)のせいか。
しかしいずれにしても、あと数日でいやでも眠らねばならなくなる。
人生、全てのことを面白く、ユーモアで包み、ギャグに変えてしまうのが良い。
巻き込まれてしまうのではなく、客観視する余裕を持って、他人の反応すらも観察するようなクールな心を持って、楽しもう。
そうそうできるような経験ではないのだから。

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2017年8月17日 (木)

人魚姫だと思って釣り上げたら…

元巨人の石井浩郎選手と岡村孝子の夫婦が別れる時の、石井浩郎氏の弁。
「人魚姫だと思って釣り上げたら、ホオジロザメだった。」
というものだったろうか。
これは、ほんとにその通りだったんだろうな、と想像する。
愚妻を見ても思うのだが、女性はたいてい、結婚前は猫をかぶっているものだ。
そして、結婚すると、いや正確には子供が生まれると豹変する。
その豹変ぶりに、男は戸惑うのだ。
あれほど自分を慕っておしとやかに振る舞っていたのに、別人格ではないかと。
そこを見込んで結婚したのに、騙された、と思う男性もいるだろう。
世の中には、暴言を吐いたり暴力を振ったりする女性もいるだろう。
男はロマンチストであり、女は現実主義である。
石井氏の弁に、共感する世の男性は多いのではないだろうか。
女とはそういうもの、と観念してしまうほかないのだろうか。

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刹那に生きよう

明日のために今日を犠牲にするのは間違っている。
だから、刹那に生きよう。

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人を笑顔に

自分がどんなに辛くて厳しい状況にあったとしても、一日一回は人を笑わせる。そういうことの出来る人は素敵な人だと思う。そうすれば自分もまた笑顔になれる。そんな人でありたい。

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昨夜

昨夜はあまりよく眠れなかった。

寝しなに、いつものように、子供に本を読んでやる。
ルブランの怪盗ルパンシリーズ。
子供はすぐに寝たのだが、ぶりがついて、私はそのまま読書続行。
尾崎一雄の『芳兵衛物語』を読んでいたら、ついつい引き込まれてしまい、時計を見たら11時半。
そこからウォークマンで優しい音楽を聴いたのだが、いつものようにはなかなか寝付けなかった。
部屋が蒸したせいだろうか。それとも、夕方飲んだお茶のせいだろうか。読書で神経が高ぶったせいだろうか。あるいはパジャマのせいだろうか。

夜中も暑苦しくて何度かトイレに立った。

夜中、激しい雨の音がしていた。そういう変な天気のせいもあるのかもしれない。

夢の内容はかなり鮮明で、今も覚えている。ドラムのスティックの夢だった。

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2017年8月16日 (水)

「こんな恋のはなし」というドラマ

朝はバナナとヨーグルトを遅くに食べた。
今日は午前中、子供たちと一緒に墓参り。

フジ系で、「こんな恋のはなし」というドラマがあった。
ちょうど20年前になるのか。
母も見ていた。
私は真田広之演じる原島修一郎に共感しながら見ていた。
トップに立つゆえの苦悩とか、孤高とか。
ノーブレス・オブリージュという言葉。
そんなことを思いながら見ていたと思う。

今もう一度見たら、どんな風に感じるだろうか。
もう一度見てみたいドラマ。

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2017年8月15日 (火)

盆休み

今日の食事。
朝、昨日コロンバージュで買ったチョコとバナナのデニッシュ風パン。牛乳。
昨日買っておいた白玉あんみつ。
昼、デパ地下で買った山かけそば。

世間は盆休みだ。
商店街は閉店している店が目立つ(火曜日だからか)。
しかし、人通りは結構ある。
子供連れもたくさん。
某うどん屋で、山かけそばを食べようかと画策していたが、客が多そうだったので、路線変更し、デパ地下で山かけそばを買った。
デパ地下は大賑わいだった。
やはり世間は盆休みだからだろう。
平日昼過ぎ(しかも2時近く)でここまでの賑わいは、ちょっと見たことがない。
やっぱり私は世間知らずだったのか。

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2017年8月14日 (月)

今日の食事

朝抜き。
昼抜き。
16時前頃、コロンバージュで干しイチジクとオレンジピールの入ったパンを買って、牛乳と一緒に食べた。
おいしかった。
夜、ウナギの蒲焼き一尾1500円也を買って、スーパーで白飯とオクラを買って、食べた。
デザートは白玉あんみつ。おいしかった。
今日は検査で頑張ったので、これぐらい贅沢してもいいだろう。

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2017年8月13日 (日)

芦田愛菜さんが…

NHKの「子どもの安全」という番組に出ている賢そうなお嬢さん。
誰だろうと思っていたら、エンドロールで芦田愛菜さんであるとわかった。
私は子供時代の彼女を知らないのだが、有名な子役であったようだ。
今や、ずいぶん落ち着いた雰囲気の、しかも知性を漂わせる女性になった。
眼福。思わずそうつぶやきたくなった。

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今日の食事と『畑から宇宙が見える』

今日は朝食抜き。一日、クリアスルーという検査食だ。
昼を食べたらとても眠くなって、ごろごろしていた。
頭も少し痛い感じだ。気分も憂鬱。
それでも、風が吹き抜けて肌を撫でてくれ、昼寝には絶好の日和だった。

ごろごろしながら読んだ本『畑から宇宙が見える 川口由一と自然農の世界』(宝島社新書)に、いいことが書いてあった。
曰く、お金にとらわれるとダメです。……お金は、結果として後からついてくるものです。……まず大切なのは、自分の能力に応じた、本当に自分がしたい仕事をすることです。……あとからついてくるものを、先に求めてはいけません。……」

まったくその通りじゃないか。

道を究めた人というのは、同じような境地に達するものなのだろう。

ところで、最近、昼寝もめっきりしなくなった。
昔は六甲の心地よい風に吹かれながら昼寝をするのが至高のひとときだったのだが。

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2017年8月12日 (土)

人生設計というもの

人生設計というものほど無意味なものはない。
人生というものを少しでもわかっている人であれば、そう思うであろう。

最近立ち読みしたある本には、人生は思い通りにならないのがデフォルトだというような言葉もあった。
人生ほど思うにまかせないものはない。
それをわかるのが、成熟するということなのかもしれない。

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今日の食事

朝、9時ごろお茶漬け。
昼、12時半ごろ、ひやむぎ。
夜、6時前ぐらいから焼肉屋へ家族で。

焼肉なんて食べたくないと思っていたが、食欲が回復して、行く気になった。
野菜もしっかり食べたし、もちろん肉もたらふく食べた。
まあこの期に及んで肉が体にいいとか悪いとか関係ない。

今はしっかりスタミナつけて体力をつけなければ。
しばらくは、焼肉を食べることもないだろうと思うと、感慨深い。

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アクティブ・ラーニングの功罪

「アクティブ・ラーニング」という言葉を聞いて、ま~た能無しの文科省がしょうもないことを始めたなあ、という感想をまず持ったのだが、ただ、評価できる面もある。

中学校の教科書などを見ると、自ら説明し、教え合い、学び合うという態度を重視しているようだ。
これは大いに評価できると思う。

私の時代は、生徒はお互いにライバルであり、隙あらば引きずりおろし引きずりおろされるというような感じがあった。学友は仲間というよりもむしろ敵であった。できる子ができない子に教えることはあり得ても、できる子同士が情報交換したりするようなことはあまりなかったように思う。

だが、少子化の時代であり、先の見えにくい時代である。

お互いに知恵を出し合って助けあっていく姿勢を身に付けなければならないと思う。

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2017年8月11日 (金)

過去の日記から

今年前半の日記を見ると、早朝覚醒が多かったり、夢に母が現れたりしている。
それは何かの予感だったのだろうか。
母が、何かを伝えようとしていたのだろうか。

母が亡くなる日、父は珍しく眠れなかったという。
そういうことってあるんだな、と話していた。
私も、祖母が亡くなる日、就寝中(夜中)に玄関の戸を叩くような音を聞いたような気がして、はっとして目を覚ました。
不思議な話だが、そういうことは確かにあるのだろう。
祖母の亡くなった日が私の誕生日であり、母が亡くなった日が、母の父の命日と同じ、というのも、決して偶然というものではないのだろうと思う。

最近、お迎え現象というのが注目されている。


亡くなった人が、その後どうなるのかはわからないが、お迎え現象に限らず、向こう側の世界から何かを伝えるということは、確かにあるのだろうと思う。
そして母もまた、私のことを案じて、向こう側から、早くなんとかしなければ、と伝えようとしてくれていたのではないだろうか。

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生命の大切さ

生命は確かに大切なものであり、粗末に扱ってはならない。
だが、その生命が宿るきっかけとなる行為が「あんなこと」なのだから、笑わずにはいられないではないか。
本当に存在(=不可知のX)というのは人を食ったところがあると思う。

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アニメ『恋と嘘』

ひょんなことから、yahooトップページのgyaoの「恋と嘘」というのが気になって、1話から6話まで、一気に見てしまった。
いろんな意味で、ヤバいアニメだった。
胸がキュンとなるような恋の話でもあり、エ●い面もあり、学園ものでもあり、ストーリー展開も巧みで、あっという間に引き込まれてしまった。
そして政府がデータをもとに結婚相手を決めて、その相手以外とは恋愛禁止というのが、何か某新興宗教の集団結婚式を連想させるものでもあり……。
いやはや、深いなあ。
アニメの続きが待てない。
コミックでも買おうか。

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2017年8月 9日 (水)

向こう側には

向こう側には、お金は勿論のこと、社会的地位も知識も資格も、何にも持って行くことはできない。
とするならば、限りあるこの人生の貴重な時間を何に使うべきか。
惑わされてはならない。

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笑いの精神

ユーモアとギャグ、笑いの精神を忘れずに。
生きていること自体が壮大な冗談みたいなものなのだから。
人生は楽しんだ方が、いい。

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2017年8月 8日 (火)

今日の食事

だいぶ食欲が戻ってきた。
朝は、フルーツジャム入りのパン。
昼は、バイキング形式で、とてもたくさん食べた。
夜も、豚肉と空芯菜、卵、玉ねぎ、にんにくの炒め物。
ビールも350mlのを少しだけ残す程度飲んだ。
お酒というのは、その日の調子によって、ちょっと飲んだだけで口の中が苦くなったり頭が痛くなったり酔いが回ったりするが、そういう時は体が拒絶している時なのだろう。

今日はビール一缶でも少しも酔った感じもしなく、すごくおいしく飲めた。
ということは、体が要求していたということなのだろう。
あれこれ考えて悩んだりくよくよしたりするのではなく、お酒は、おいしく楽しく飲むのが一番だと思う。
適量は薬なのだから。

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過去占ってもらったこと

過去、算命学で占ってもらったことがある。
その方はネットで占ってもらったのだが、よく当たっていたし、とても紳士的な方であった。
あなたは自分自身に腹の立つ人だという内容が今も頭に残っていて、とてもよく言い当てていると思った。
あと、あなたは奉仕業にも向いているが、結婚に関しては、自分を決して安売りしてはいけない。自分を高く売りなさい、とのことだった。
確かにその通りなのだが、このことが頭に残って妻に不満を持つとしたら、それはよくないことだなと。
縁あって巡り合った相手。
いるだけでいいはず。
感謝が必要。

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2017年8月 4日 (金)

他人は自分の鏡

私は、妻のことを、頑固で人の意見に耳を傾けないと思ってきたけれども、もしかすると、それは自分自身の姿が鏡のように映っただけなのかもしれない。他人のいやなところというのは、それが自分自身のいやなところだから、いやだと感じられるというのはよく言われるところである。

そもそも、性格が全く違っていて何の接点もないのであれば、結婚など成立するはずもない。

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自分自身を抱きしめてあげたい

今までつらかったでしょう、よくここまで頑張ったね、と言って、自分自身を抱きしめてあげたい。

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高校生の頃

高校生の頃、試験の答案が返ってくるのをどきどきしながら待っていたことを思い出す。
予想外にいい点で、ホッとしたり。
実際に点を目にするまでが一番どきどきするものだ。

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ある短歌

今朝はすっきり起きられた。7時起床。
昨日(8月3日)付け産経新聞の産経歌壇を見ていたら、ある短歌が目にとまった。

ライバルに勝つことだけに生きたわれ世間知らずのままで老いゆく
茨木市 田中 光夫

とある。
まさに、私の心境と同じだなあと、とても共感した。

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2017年8月 3日 (木)

渡辺京二さんのコラム

ここに1枚のコピーがある。
山陽新聞2001(平成13)年11月28日、「こころの形」というコラム。
『逝きし世の面影』でお馴染みになった、渡辺京二さんが書かれたものである。
(『逝きし世の面影』が出版される4年前に書かれたものである。)

「青年から死生観問われて」「恐ろしさは自愛心から」「潔かった前近代人」というサブタイトルがついている。
「前近代の人間は、自分が宇宙に充満する光に照らされているような感覚で生きていたのではなかろうか」と述べ、「その光が失われるにつれて、代償のように出現したのが、個性尊重・自己完成という近代の理想、つまりは自愛心の近代的形態である。死が恐ろしい相貌を帯び始めたのはそのときであった。」と述べている。

取り壊し中の私が昔住んでいたアパートに行って、茶ばんでいたこの記事の切り抜きをみつけたのが数か月前だったろうか。何か(誰か?)が私を導いたのだろうか。

11月28日というのは、私の母方の祖母の命日である。当時この記事を目にした私も、何か感ずるところがあって、切り抜いておいたのだろう。

そして今、私はこの記事の内容を、ありがたく噛みしめている。

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今朝の食事

なかなか起きられず、9時前に起床。
食欲もなかったが、森永のマクロビ派ココアを少々食べたら、口の中が甘くなった。
あとはフルグラ少々、牛乳、トマトジュース。

ここんとこ時事番組も見る気がしなかったのだが、youtubeで楽しむぐらいの余裕は出てきたのだろうか。

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2017年8月 2日 (水)

もう一つ

もう一つ、占術師に言われたことで印象に残っているのが、結婚のこと。
「あなたは晩婚の方が幸せになれる」
「あなたの結婚相手は年上がいいね。そうでなければ、うんと年下の人。」

結果的に、42歳で結婚したから、晩婚といえるだろう。
結婚相手に関しては、10歳下だから「うんと年下」に入るのだろうか?
占術師が「姉さん女房がいい」と言った理由は、たぶん同年齢や近い年下だと、相手をライバルとみなして張り合ってしまうということではないだろうか。
特に子供が生まれてから、妻とどちらがいい親であるかということを競っていたのではないか、ということ、そしてその不毛さ愚かしさにようやく気付いたのである。

占ってもらったのが28歳ぐらいの時で、当時は年上の女性なんて考えられなかった(というぐらい、若い子が好きだったのである)。
それに、当時は若かったから、男気もあって、年下の女性を引っ張っていくということに憧れていた。

だが、今や、年上の落ち着いた女性の魅力というものがよくわかるようになってきた。
一本気で少年のようなところがあるから、そういう私を掌の上でうまく転がしながらなおかつ包容してくれるような女性が私には合っていたということなのだろう。
10歳も年下の妻と「張り合って」しまうというのは、私の器が足りないからなのだろう。
だが、晩婚でなおかつ年上女房というのは、なかなかキビシイものがあると思う。

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今夕の食事

昼抜きだったので。
やっぱりベンガルカレーが食べたくなり、半々の大盛り。
ゆで卵(半熟)2個。
デザートに昨日買ったシャインマスカット少々。すごく甘い。甘すぎるぐらい。
これからクリームパンも少し食べようかというところ。
御飯がおいしいのはいいことだ。
食べられるときにしっかり食べておこう。

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若いころ、占術師に言われたこと

真宗もカトリックも占いに頼るのを戒めている、と書いたはなからこんなことを書くのもなんだけど。

若いころに、けっこう占ってもらったことがある。
ホロスコープや算命学、四柱推命など。
ホロスコープは自分の性格などを見事に言い当てていて、驚いた。
算命学では、自分の持つエネルギーが膨大だということを見事に言い当てていて、これまた驚いた。
現世利益ではなく、自己分析のツールとして利用していた。

さてそれで、今でも記憶に残っている言葉がある。
「あなたはいろいろ苦労をしてきたが、その苦労を苦労と思わないところがある。」
「あなたの晩年運はとてもいい。あなたが花開くのは中年以降だ。」
「あなたは、趣味が仕事になるようなことを仕事にするといいね。」
「大きな会社は向いてない。小さなところや個人でやるのがいい。」
「あなたはエネルギーが膨大だ。彼女が二、三人いてもおかしくないぐらいだ。」(笑)
など。

何も私の身の上話を聞いた上のことではない。ただ単に、誕生日と誕生時刻から、これらの内容を引き出した。すごいと思った。どれも、私のことを言い当てているなと思った。

「晩年運はとてもいい」と言われたことを信じて、これから生きてゆきたいと思う。

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今朝の食事

午前8時以降は絶食なので、頑張って起きて朝食を買いに。
明治おいしい牛乳200cc、森永マクロビ派ビスケット1袋、キムラヤオレンジデニッシュ1個。
それと、昨夜買っておいたシャインマスカット少々。
ここまで食べたら口の中が甘~くなってしまった。
菓子パンは久しぶり。
何がいいとか悪いとかいうのではなく、体が欲しがっているものを食べようと思う。

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2017年8月 1日 (火)

今日の食事

8月1日。
今日の食事。
朝、夢白桃1玉。
昼、ベンガルカレー屋で、チキンとダル半々。
夜、なぜか無性にデミカツ丼が食べたくなり、某ホテルの半地下にあるレストランでデミカツ丼税込み842円。ぺろりと平らげた。おいしかった。デミグラスソースはバターの香りがふわっと。でも少し味が濃いかな。しかし世間ではこれが普通なんだろう。生キャベツも入っていて、私にとっては理想的なデミカツ丼だった。
しっかり食べて、体力をつけよう。
今日も御飯がおいしかった。良いことだ。

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