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2017年8月 3日 (木)

渡辺京二さんのコラム

ここに1枚のコピーがある。
山陽新聞2001(平成13)年11月28日、「こころの形」というコラム。
『逝きし世の面影』でお馴染みになった、渡辺京二さんが書かれたものである。
(『逝きし世の面影』が出版される4年前に書かれたものである。)

「青年から死生観問われて」「恐ろしさは自愛心から」「潔かった前近代人」というサブタイトルがついている。
「前近代の人間は、自分が宇宙に充満する光に照らされているような感覚で生きていたのではなかろうか」と述べ、「その光が失われるにつれて、代償のように出現したのが、個性尊重・自己完成という近代の理想、つまりは自愛心の近代的形態である。死が恐ろしい相貌を帯び始めたのはそのときであった。」と述べている。

取り壊し中の私が昔住んでいたアパートに行って、茶ばんでいたこの記事の切り抜きをみつけたのが数か月前だったろうか。何か(誰か?)が私を導いたのだろうか。

11月28日というのは、私の母方の祖母の命日である。当時この記事を目にした私も、何か感ずるところがあって、切り抜いておいたのだろう。

そして今、私はこの記事の内容を、ありがたく噛みしめている。

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