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2018年1月25日 (木)

西部邁氏の思い出(4)

私が西部邁氏を知ったのは、高校生の時代。
当時、現代文の問題で、西部邁氏の著作は頻出であった。
Z会の国語でもよく出されていたと思う。
あの頃のZ会はとてもよかった。
というのは、加地伸行氏が二畳庵主人のペンネームで漢文の教材を書いておられたりしたからである。
閑話休題。
そういうわけで、西部さんの著作に触れて「保守」の理念に大いに賛同し、感化されたわけである。
だから私は幸せな高校生であった。
それに比べて今の現代文は。
データによれば内田樹が頻出だそうだ。
あんなヨタ左翼の文章をさんざん読まされる高校生がかわいそうだと思う。
その次が鷲田清一だそうで、内田樹に比べればまだマシだと思うが、あの感覚的で、まどろっこしい、ぬめぬめしたような文章はどうもね、と思う。
西部さんの文章は益荒男ぶりで、とても歯切れがよかった。そういうところにも惹かれた。西部さんの文体をまねたりもした。
そういうわけで、出題者も戦後世代になって、劣化しているのだろう。

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