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2018年3月27日 (火)

愛は光

昨日、家族でカラオケに行った。
そこで妻が歌った曲、「愛は光」。
私はこの歌を知らなかった。
キリンジ兄の作った歌だった。

私は、泣いてしまった。
感動したのだった。

単に、曲の素晴らしさに打たれただけではなかった。
妻がこの歌を歌ったことに、とても大きな意味を見出したのだった。

私はこれまで、妻に不平不満をいだくことが多かった。
しかし、それはあまりに愚かなことだったと、気づいたのだった。

妻が月であるなら、私が太陽になればいいではないか。
私が太陽となって、妻を光らせてやればいいではないか。

そういう、「気づき」が、ストンと来たのであった。

そして、この歌が、キリンジ兄の作品であることにも、不思議な縁を感じたのだった。

そもそも私と妻が出会うきっかけは、双方がキリンジファンであったということだった。
キリンジを介して、二人は出会った。

それから15年経った。
キリンジが二人を出会わせ、15年を経て、妻に対する自分の思いに、大いなる気づき、示唆を与えてくれたのもまたキリンジであった。

点と点を結び合わせると線になる。

何と、振り返ってみれば、最初からそれは予定されていたかのごとく。
それを運命とでも呼ぶのだろうか。
ここ数年のわだかまりというのか、すれ違いというのか、相互の不具合というのか、そういうもの一切が霧散するのを感じたのであった。
まるで霧が晴れたかのような、すがすがしさ。

ああ、そういうことだったのか、という納得感。

この15年というのは、私にとって、魂を成長させるための、大いなる修行であったのか。

振り返ってみれば、そう思わずにはいられない。

私は生きよう、太陽となって。

カラオケで妻が歌ったあの1曲が、あのひとときが、そういう気づきを与えてくれた。

そこに、人知を越えた、大いなる存在を感じずにはいられない。

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