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2018年4月27日 (金)

小沢健二『LIFE』

このアルバムの批評をこのブログで書いたことがあったかどうか、忘れてしまった。

毎年この季節になると聴きたくなるアルバムが小沢健二の『LIFE』である。

ツツジの花が美しく咲き、風薫る季節。このアルバムを聴くと、昔、予備校講師をしていた頃の、この季節の情景が脳裏によみがえってくる。あの頃行きつけていた店の、料理の味やにおいまで、よみがえってくる気がするのだ。だから、音楽の力はすごい。

そしてこのアルバム。全曲通して、駄作は無い。通して楽しめるアルバムである。

後になって、このアルバムの曲には元ネタが存在するということを、インターネットで知った。だが、そのことは、このアルバムの価値の有無とはまったく関係が無い。むしろここまで完璧に換骨奪胎できれば天晴れである。誰が何と言おうと、素晴らしいアルバムである。

ある曲はうきうきした気分にさせてくれ、またある曲は昔を思い出して涙を流させてくれ、またある曲は未来に向かって生きる力を与えてくれる。

素直にありがとうと言いたい。

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2018年4月26日 (木)

小川榮太郎さんのFBから

先に、ネットは時間の浪費だと書いたが、それでもネットでなければ出合えない文章もある。
小川榮太郎さんのFBを、貼り付けておく。
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セクハラと言う耳障りな言葉を目にするたびにセクハラハラスメントにうんざりする。いつも書くが女性の魅力は暴力である。男は愛のかけらもなくとも美しい女を見れば抱きたいのであってそれは道徳を越えた力だ。だからこそ女性も社会も男の本能をどう抑止するかの節度が必要なのだ。そうした抑制を以て男の本能にタガをはめずに女の性的アピールを野放しにしておいて何がセクハラだ。性的な強要や嫌がらせはそもそもが悪に決まっている。万葉から昭和戦前までの文献を見ても女性抑圧万歳、手籠め万歳などと言う文学も思想も法制もありはしない。今更なんだと話。
私の辞書には豊かな深い愛とセックスはあってもセクハラはない。私の前でセクハラが云々など言う奴は老若男女社会的地位を問わずぶちのめす。それで人生を失おうと私は何とも思わない。この思想と言葉と心の最悪最低の汚れと愛と性の崇高さに対する侮辱に体当たりして露と消える運命ならどうぞ神様ご勝手に私を始末してください。もっとも簡単に露と消えないのが私のしぶといところ(笑)

承前】昨晩セクハラについて書いたが、私は男性性、女性性どちらをも本質において尊敬し、愛しているが故に、昨今の性をおもちゃにし、男へのルサンチマンが本質であるフェミニズム以後の思想上の暴力を許せないのである。
 マルクス主義が貧富の名において人類を分断し、フェミニズムが男女の名において人類を分断し……。どこまで稚拙で根拠薄弱なルサンチマンを基軸にした暴力をアカデミズム発で人類は蔓延させれば気が済むのか。
 人間力の渙発があれば、男の尊厳も女の尊厳も共に守られる。世界の伝統社会の中には相当歪なものもあるが、少なくとも日本は尊厳を軸にした工夫を重ねてきた国柄と言っていい。今の女性に比べ、戦前、更に維新、幕末の女性がどんなに尊厳と強さに溢れていたかを見るがいい。男は言うまでもない。どちらも言語に絶する下がり方だ。それは思想が間違っているからだ。人を立派に育てられない思想など糞食らえ。
 政治に一区切りつけ、日本思想を私が考え直すのは、もういい加減西欧発の邪教と言うべき後期近代思想の愚劣さから脱却する為でもある。力量の限界は厳しいが、少しでも意味のある形にすべく頑張ろうと思う。
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以上、4月26日の小川榮太郎さんのFBから。産経新聞までもが「セクハラ」報道の尻馬に乗っかってしまっているきょうび、貴重な見解だと思う。

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ネットよりも本を

日々、インターネットでどれぐらいの時間を無駄にしているだろう。
ネットを開けば、情報が飛び込んでくる。
それを読む時間。
断片的な情報。
それで人は賢くなれるのだろうか。

ネットで情報を読むよりは、きちんとした本を読みたい。
それも、読み応えのある、古典などの良書。
流れて、消費されて、忘れ去られるような情報ではなく。

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twitter

既存のメディアが本当のことを報じてくれないので、やむを得ずtwitterで情報を収集しているのだが、これが時間の浪費である。
TLでどんどん、際限なく流れてくるので、ずっと見ていると1時間や2時間はすぐに経ってしまう。
それに、見たくもない情報も。
暇な人の暇つぶしにはいいのかもしれないが、精神衛生上、あんまり健全ではないなと。
世の中、なるようになるし、ならないようにはならないという、それだけだ。

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サックスのオーバーホール

昨年(2017)の12月、サックスのオーバーホールをした。
このテナーを買ったのが2003年の9月なので、14年。
そろそろオーバーホールした方がいいんじゃないかと思っていて、しかし大きなライブがあったので、それまではあまり変わらない方がいいんじゃないかと思い、そのライブが終わってから、オーバーホールに出した。

内容は、全タンポ換えと、フェルトとコルク貼り直し、キイガタ排除。

オーバーホールしてどうなったか。

・全タンポ換えで、総じて気密性がすごくよくなった。

・キイがガチャガチャいっていたのがなくなり、キイの動きがスムーズな感じに。

・低音のサブトーンが出にくく、それが不満だったというのがオーバーホールを決断させたのだが、オーバーホール後は、最低音のサブトーンも出しやすくなった。

・全体的に抵抗感が減って、音が出しやすくなった。

・音色が変わってしまうかもということは、リペアマンからも言われていたのだが、確かに、オーバーホール以前は枯れたような感じの音色だったように思う(リードの具合も関係あるのだろうか)が、オーバーホールしてから、音が若返ったというか、つやのある音になったような気がする。

・楽器の反応が良くなり、力を入れなくても音が出る。そのためか、油断すると中音で音が裏返ってしまうので、今まで以上に息の方向や強さなどに気をつけなければならない。

私の理想とするところは、スコット・ハミルトンみたいな感じの音なのだが、これからじっくりと音作りをしていきたい。

リペアマン曰く、変わったように思うかもしれないが、買ったときの状態に戻ったということです、と。

なるほど。車にたとえると、摩耗したタイヤを新品に替えると走行感がまったく変わるが、それと同じような感じだろうか。

変化をいい方に受け取って、前向きに頑張っていきたい。

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2018年4月16日 (月)

つぶやき

ツイッターがやめられない。
結構な時間の浪費で、むなしさを感じつつも、ついついやってしまう。
TLがどんどん流れてくるので、見始めるとあっという間に時間が過ぎて、自己嫌悪に陥ってしまう。
テレビや新聞は真実を伝えないので、バイアスのかからない正確な情報を得るために、どうしてもツイッターを見てしまうのだ。
だから仕方ないとも言える。今はそれほど忙しい時期でもないし・・・。
メディアは正確な情報を伝えてほしい。
そして、時間を区切って、自分を律することもとても大事だ。

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