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2019年1月27日 (日)

HUGっと!プリキュアを見て

HUGっと!プリキュアが終わった。
走り書きではあるが、簡単に私の感想を記しておきたい。

私は、この物語を通して一貫して感じたのは、「愛」そして「母性」であった。

あかちゃんをみんなで育てるというストーリーもさることながら、「マザーハート」という言葉、モウオシマイダーを包み込むあの金色に輝く人が、母性の象徴でなくて何であろうか。

ヒロインの野乃はなからは、限りない母性を感じた。それは、最終回でジョージ・クライを抱きしめてあげる態度にも表れていたし、映画の中で、心をこじらせたミデンをどこまでも追いかけて行ってあげて、「つらかったね」と心から共感してあげる態度にも、私は限りない母性を感じたのだった。

ありきたりな戦隊物(もちろん従来のプリキュアを含む)は、善側が武力で悪を倒してめでたしというパターンが多かったと思うのだが、今回はちょっと違っていた。

心をこじらせて悪者になってしまったモウオシマイダーを、金色に輝くマザーが抱きしめて、(「本当のあなたはそんな姿じゃないよ」と言っているかのように、)無事に成仏?させてあげる、そういうところに感動したのだった。

このシーンは、本当はすべての人が愛であり、すべての人に仏性があるということを暗示するかのようではないか。その意味で、今回のプリキュアは、高度にスピリチュアルでもあると思う。

極めつけが、最後から2回目の回で、町のすべての人がプリキュアになるというシーンがある。これなどは、本来すべての人に神性がやどっており、すべての人に仏性があるということを思い起こさせるシーンであった。そう、何も特別な人がそうなのではない。すべての人が、本来そうなのだと。

さすれば、表向きはこども向けのアニメなのだが、この「HUGっと!プリキュア」は、その深い精神性において、次元を異にしていたとも言えるのではないだろうか。

ともあれ、HUGっと!プリキュアに出会えてよかった。

ありがとう、プリキュア。ありがとう、はな、さあや、ほまれ、えみる、ルール―、はぐたん。

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