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2019年3月27日 (水)

回想

今からおよそ14年前に始めたこのブログ。

2005年の自分が書いた記事を読んでみた。

懐かしかった。

あの頃はまだ独り者だった。その分、気楽でもあった。

あれから、本当に本当に、いろんなことがあった。

14年でこんなにもいろんなことがあるのかと思った。

「昔はものを思はざりけり。」

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「ひとつだけ」(矢野顕子)

私が中学2年生の頃にリリースされた『ごはんができたよ』に入っている曲。

ちょうど思春期を迎え、家族との関係もなにかぎくしゃく、心と体ももやもやしていたあの頃、のことを思い出す。

とても美しくせつないコード進行。サビの部分が特に良くて、それまでこんなコード進行は聴いたことがなく、すごく引きつけられた。

今ではいわゆるパーカーチェンジと言って、コンファメーションの進行と同じということがわかるのだが。

同じアルバムの「ごはんができたよ」もいい。

子供のコーラスの部分を聴いていると、稲穂が実った秋の田んぼの風景が浮かんでくるような気がする。なぜか。

当時、家でこの曲をヘビロしていて、母が、二階にいる私たち子供に向かって、「ごはんできたよ~」と呼んでくれていたことを懐かしく思い出す。明るい母だった。

そんな、あの頃のことを思い出す曲である。

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2019年3月25日 (月)

山下達郎「JOY」

ポセイドン・石川の「あんたがたどこさ」のアレンジのルーツが何かと知りたくて、ポセイドンさんが出ているyoutubeのラジオ番組を探していて、PLASTIC LOVEという曲に行きついた。それを、youtubeで聴いて、すごい!と思った。


達郎さんのJOYというライブアルバムだった。


この躍動感。エネルギー、生きる力をもらえるアルバムだと思った。


聴いていて自然と体が踊り出したくなる。心が、生き生きしてくる。


これは絶対に買っておかなきゃと思って、Amazonでポチった。

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いのちの歌(竹内まりや)

さっき、スーパーで買い物中に流れていたBGM。耳が釘付けになった。


何だ? このスピリチュアルな歌詞は。そして歌っているのは竹内まりやではないか。


タイトルもわからないので、ネットで必死になって調べてみた。


人生の扉? いや違う。そうやって調べているうちに、「いのちの歌」だということがわかった。


改めて歌詞を読み、youtubeで聴いた。泣いた。どうしてこんな素晴らしい歌詞が書けるのだろう。


というか、竹内まりやってこんな素晴らしいスピリチュアルな歌を歌う人だったんだ、ということに驚いた。


私の中で竹内まりやはおしゃれなCITY POPの人だったが、今、認識を改めた。


これほど人生というものの実相を歌ったポップスがあっただろうか。


私が死んだときに葬式で流してもらいたい歌の第一位になった。


(このほかにも、「縁の糸」という歌もあることを知った。どちらも、朝ドラ「だんだん」と関わりのある歌(主題歌・挿入歌)だそうだが、まったく知らなかった。竹内まりやさんがナレーションをしていたというのも、改めて知らされると、ああ、そうだったかなという感じで。でも、今またこういう形でそれを知ったというのも、まさに縁なのだと思った。)


今、このときに、この歌と偶然に出会った。いや、偶然ではなく、まさに「仕組まれていた」のだった。


ああ、やっぱり自分はまだ、音楽の神さまに愛されている、そう思った。


ありがとう、ただ、感謝のみである。


それにしても竹内まりやさんはなぜこんな歌詞を書けるのだろう。やはり、神の国、出雲のご出身だけのことはある、と思った。

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2019年3月18日 (月)

神について

坂爪圭吾さんという方が書いておられる「いばや通信」という素晴らしいブログがあるのだが、そこでまた、素晴らしい言葉に出会った。
曰く、

前回の記事にも書いたが、K様と話した時間が面白かった。K様は言う。よく、神様がいるかいないか議論ってあるじゃない。そんなもの、あたしに言わせたらいるに決まってるのよ。だって、いま、あたしがここにいるんだから。たとえばさ、ドラえもんでもなんでもいいんだけど、漫画の登場人物は漫画家を認識することができないのよ。ドラえもんが藤子不二雄を認識できないように、孫悟空が鳥山明を認識できないように、ね。でも、ドラえもんがいるってことは、藤子・F・不二雄、要するに神様【創造主】がいるってことでしょ。だから、認識できるかできないかは置いておいて、神様なんているに決まってるのよ。

2019/3/16 「死ぬなよ。しかし、死を恐れるな。」より。

私が哲学概説を教わった故井上忠氏は、「神はあるかないかなんて、いま、現に出会っているじゃないか」と喝破し、私は衝撃を受けた。

「K様」の言葉も、同様に、明快である。


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2019年3月13日 (水)

色・ホワイトブレンド(竹内まりや、中山美穂)

「色・ホワイトブレンド」のことは前に名曲覚え書きで書いたかもしれない。
この季節になると聴きたくなる、名曲である。
さて、私がこの歌を初めて聴いたのは中山美穂の歌であったのだが、大人になってから(30代か)、竹内まりやさんのバージョンも知った(作者オリジナル)。
中山美穂バージョンは、アイドルの歌らしく、軽快でかわいらしいアレンジになっていて、若い頃はそっちの方が好きだった。オリジナルの方は少し重たい感じかなと思っていたりもした。でも最近は、オリジナルの大人なアレンジも十分に好きになった。私も歳を重ねて大人になったということなのだろうか。

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2019年3月11日 (月)

でももう花はいらない(オフ・コース)

オフコースが売れるようになってから、オフコースは小田さんのバンド、みたいな感じになってしまったけど、「でももう花はいらない」は名曲であって、オフコース(当時は「オフ・コース」)のれっきとした代表曲なんだと思う。私はこの曲をすごく好きだったし、今でも好きだ。

この曲を聴くと、なぜか、春の、菜の花の咲いた草原(くさはら)の情景が浮かんできて、とても懐かしいものを感じる。たんに「郷愁」というような言葉では言い表せないような、そこへ戻りたくなるような、そして魂の安らぎを感じるような。そんな場所のことを「思い出す」のである。

この曲ができたのは、私がまだ6~7歳の頃だと思うのだが、その頃のことを思い出したりもするのである。まさか、その頃この曲を聴いていたわけでもあるまいに。本当に不思議なものだ。

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グリシン

グリシンというサプリが睡眠を改善させるらしいということを知ったのだが、味の素の広告のツイッターに、グリシンはがんのえさになるという書き込みがあり、とても気になっていた。

インターネットで調べたが、確かに、グリシンとかセレンとかががんに関わっているかもしれないという研究もあるようだ。

それを知って、ずっと添加物に「グリシン」とあるものを避けていた。

だが、調べてみると、グリシンはいろいろな食品に含まれているらしい。

https://sweemie.jp/glycine-foods

しかも相当量含まれているではないか。パンなどの添加物の比ではないだろう。

だったら諦めるしかない。

肉にも魚介にも大豆にさえもこれだけ含まれているなら、摂取しないというのは不可能だ。霞でも食べていかない限りは。

不食で有名な秋山さんでさえ、食べ物は神さまが作ったものだから、食品添加物でさえ、人間に「悪い」ものはない、というようなことを書いておられたのを立ち読みした記憶がある。

だったら、あれが悪い、これが悪いとか言うのではなく、すべて、「ありがたいありがたい」「おいしいおいしい」「こんなおいしいものを食べられて幸せだ」と思って、感謝していただくほうが、よほど体にいいのではないか。

そう思うことにした。

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2019年3月 8日 (金)

一過性全健忘

百田尚樹さんのツイッターを見ていたら、奥さんが突然、今日が何年の何月かもわからなくなったと。しばらくしたら元に戻ったと。一過性全健忘という症状なんだということが書かれていて、私は母のことを思い出した。

母は生前、とても忙しい喫茶店の店主をしていた。その日もとても忙しい日で、母は急に今自分がどこにいるのかわからなくなったそうだ。そして、バイトの女の子から、「奥さん、だいじょうぶですか!?」と言われて我に返った、ということを聞かされたことを思い出した。

その後、同じようなことはなかったようだ。目が回るほどの忙しさによるものだろうと本人は言っていた。

一過性全健忘という名前の症状だということを、百田さんのツイッターで初めて知った。

その頃からもう早、何年になるのだろう。

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2019年3月 7日 (木)

年を取ると

年を取って、昔できていたことができなくなるのはつらいものである。
東大の今年の英語の問題をやっている。
英文はかなり読みやすい簡単なものであるが、昔に比べると、自分の頭の切れも鈍ってきたのかなと感じる。
それがつらい。

今日は外では春一番が吹き荒れている。

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2019年3月 6日 (水)

"Giants At Play" by Phil Woods & John Coates

このアルバムを聴くと、神戸の音楽学校に通っていた頃の夏、六甲から吹いてくる涼しい風に吹かれて昼寝をしていたことや、近所の銭湯に入ったことなどが、懐かしくよみがえってくる。

このアルバムは、ジャズジャイアンツお二人によるデュオ。

とてもいい。ジャズは都会の音楽と言われるが、このアルバムを聴いていると、アメリカの田舎の風景が浮かんでくる。とても心安らぐ。

ジョン・コーツという人のことをネットで調べてみたら、若い頃のキース・ジャレットに影響を与えたが、長い間埋もれた存在のようになっていた人だとか。いやいや、そんな評価で評しきれる人ではない、ものすごい人だということは、一聴して明らかなのだ。

ピアノの音はすごく力強くてはっきりしている。そしてもちろん美しい。
楽曲そのものもなのだが、カントリーサイドの風景を髣髴とさせる

一体自分はどうしてこのアルバムを知ることになったのか。
フィル・ウッズの作品は数多いのに、その中でもこのアルバムに巡り会うことができた。 
こんな素晴らしいアルバムと出会うことができた僥倖。
やはり自分は音楽の神様に愛されているのだと、つくづく思う。

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