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2019年6月 7日 (金)

可能世界(パラレルワールド)

現状に必ずしも満足していないとき、人は、あの時もしああだったら、ということを考える。

可能世界(パラレルワールド)である。

大学生のとき。

サークルの合宿が終わり、打ち上げの飲み会で、同学年(だがおそらく相手は1歳上だったかもしれない)の女の子に、「○○君だったら何されてもいいな」的なことを、しなだれかかられながら、しかも決して下品にではなく、ささやかれたことがある。

今思えば、ああ、どうしてあんなビッグチャンスを逃してしまったのだろうか、と。

そんなことを思うのは、いまの夫婦の関係に決して満足していないからなのだろう。

もしあのとき。あのまますんなりと、心素直に、自分の心を開いていれば。

だが仕方ない。

可愛い子供二人にも恵まれた今のこの現実を、否定することはできない。

それは、最大限感謝しなければならないことなのだ。

人は、可能世界に、あり得たかもしれない「今よりも幸福な世界」を想像してしまう。

だが、そのあり得たかもしれない世界は、「今よりも幸福でない世界」かもしれないではないか。

(それは藤子・F・不二夫のSF作品が描いている。)

今が最高なのだ。そう思うしかない。空想の世界に遊ぶのは自由だが。

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