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2019年10月16日 (水)

病気の理由

病気になるのは、あくまで科学的理由であって、そこに過剰に精神的な理由やら「霊的」な理由を付け加えると、オカルトになってしまいかねない。

例えば、がんになるのは遺伝子の変異であるし、肺がんならタバコの吸い過ぎとか、大腸がんなら食事の西洋化とか、胃がんならピロリ菌が第一義の原因だろう。

だが、「病は気から」というように、心の問題が病気をつくってしまうということが、ない訳ではないと思う。

とりわけがんに関しては、心の要素もあるのではないかと、経験者として思う。

もちろん、毎日を快活に生きていて、ある日突然がんが見つかってしまったという人もいる。

そういう人に関してはあてはまらないのだろうから、十把一絡げに論ずることはできない。

だが、私の場合は、私の心が、大いに関係しているように思えてならない。

妻は結婚前は異常なぐらい私のご機嫌を取っていた。

それが、子供が二人生まれたら、打って変わって、冷淡になるどころか、家で威張るようになり、偉そうにするようになった。

まるで和田アキコか独裁者のように振る舞った。

私は大切にされなくなった。

まだがんが分かるずいぶん前に、下血があって「病院に行った方がええんやろうか・・・」と妻に言うと、「そんなん、痔にきまっとるやろ」と、冷たく言い放った。

だから、私ががんになったのは、妻への復讐という理由もあるのではないか、と思うのである。

大事にしてくれる人だと思って結婚したら、そうではなかった。

大病にでもならなければ大事にしてくれないのではないか。思い知らせてやる、そういう気持ちだったのではないだろうか。

俺が病気になって初めて俺のありがたさがわかるだろうよ、と、そんな気持ちだったかもしれない。

実にくだらないことだが。

しかし、男というのはそういう生き物なのである。

男はプライドが高い。いや、プライドを持っていなければ、男なんていう生き物はやっていられない。

そのプライドを、妻は平気な顔をして土足で踏みにじるのである。

ここまで書いたらだんだん腹が立ってきた。

しょうもないことである。

私はどこかで、諦めて生きている。

いや、諦めでもしなければ、生きていられないのである。

だが果たしてそういうものなのだろうか。

悔しい。

母は大腸がんが原因で亡くなった。

今思えば、相当なストレスをためていたのだろう。

あれほど明るかった母が、人が変わったように、不機嫌な時が多くなった気持ちが、今なら分かるような気がする。

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