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2019年10月27日 (日)

ピアノ

実家を取り壊すことになった。

庭の植木もさることながら、一番処遇が問題なのは、ピアノである。

父のマンションで保管してもらおうと思っていたが、父は全く乗り気でない。

必要なときになったら100万円ぐらいなら買ったらいいじゃないかと言う。

もう45年以上前に買ったものだから、売るとしても殆ど値はつかないらしい。

だが、処分するのは切ない。

だって、自分の音楽の思い出のいろいろあるピアノだから。

昨日、実家に行って、もう何十年ぶりかに音を出してみた。

さぞかし調律が狂ってるだろうなと思っていたのに、さにあらず、殆ど音の狂いはなかった。

とてもいい音だった。

そして、弾くと心が落ち着いた。

父が上にいろんなものを置いているから、表面の塗装はつやがなくなっているが、楽器としての機能には全く問題がないことが分かった。

楽器は、自分の身体の一部のようなものだ。だから、それと別れるのは身体を切り裂かれるような痛みを伴う。

(誰か無償で引き取ってくれる友達はいないかと妻に訊ねたら妻は冷たく「そんなもん運送費もかかるし調律もせなならんやろ。寄付とかした方がええんやないか。」と言い放った。人の気持ちを解そうとしない人なんだなと思った。)

もちろん今のあばら家には置けないだろう。仕事場のマンションにも置けないだろう。あそこは壁が薄すぎて、ピアノ仕様にできていない。

あんな素晴らしい楽器を捨ててしまうのはもったいなさ過ぎる。

もちろん、いよいよ方法がなければ、どこかに寄贈することも考えてはいる。

だけど、どうにかして自分がいつかまた弾けるようにどこかに置いておけないか、思案に暮れている。

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