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2019年10月27日 (日)

人生は幻影、では本当の自分は?

精神世界でよく言われるのが、人生というか現実の世界は現実の世界はスクリーンに投影された幻、もしくは映像のようなものだと。

これは最近読んだ大木ゆきのさんの本にも書いてあった。

私がこの見方を初めて学んだのは、雲黒斉さんや阿部敏郎さんの本からであり、大いに共感した。

では、人生が映画なら、本当の自分はどこにいるのだろう?

大木ゆきのさんは、本当の自分は映写機のようなものであって、自分の意識、波動でフィルムを自由にチェンジすることができるというようなことが書いてあった。

さとり系の阿部さんや雲黒斉さんは、本当の自分はスクリーンだという。

両者は微妙に異なっているように思う。

確かに、大木ゆきのさんの話も分かる気がする。自分がすべてを作りだしている宇宙そのものであるならば、そういうことも理解できる。

だが、私はやはり、本当の自分はスクリーンであるという説の方が共感しやすい。

なぜなら、池田晶子さんが言うような、自分は誰でもあり、誰でもないとするならば、それはスクリーンという比喩が近いと思うからだ。

また、自分の思い通りにフィルムを変えられる、となると、そこにエゴが入って来やすいからだ。(もちろん大木さんはエゴを否定しているのだが。)そしてどうしても、現世ご利益的な考えになりがちだ。

だからやっぱり、本当の自分はスクリーンであるという考え方の方が、今の自分には共感しやすい。

 

 

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