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2020年2月 6日 (木)

武漢肺炎に思う「ナショナルエコノミー」

武漢肺炎、一体何を、誰を信じればいいのかわからない。

中共の発表が信用できないのは当たり前なのだが、これがどれほど深刻な事態なのか、これから重大な事態が日本でも起こってくるのか、それともこの騒動は一過性のものであり、恐れるに足りないものなのか。圧倒的に情報が不足しているし、政府の発表も当てにならないと思う。(安倍政権を信頼してきた私であっても。)曽野綾子さんがよく言われているように、政府なんてものは所詮当てにならない、自分の身は自分で守るしかないのだろう。

さておき、チャイナで都市が封鎖された時点で日本政府はチャイナからの入国禁止をすべきであったのだが、それができなかったというのは、春節のインバウンド需要を逃したくないという、金儲け主義の経済界の圧力があったからだろうというのは、想像に難くない。

WHOなんてものを脳天気に信じる厚生労働省の役人などは阿呆の一言で片づけられるのだが、経済界は金の亡者であって、命よりカネというような奴らなので、ますますたちが悪い。

こういう状況を見るにつけ、生産も需要もチャイナに依存してきた日本経済のツケが今頃になっていっぺんに回ってきているような気がしてならない。

ちょうど「グローバル化」が喧伝されていた90年代初頭のことだった。私は西部邁さんの「発言者塾」に参加していたが、そこで、故井尻千男さんが、「グローバル経済ではなくて、ナショナル・エコノミーを大切に考えないといけない」と力説しておられたのが印象的だった。

あの頃井尻さんが危惧していたことが、今まさに現実となって起こっている。井尻さんは泉下で「だからいわんこっちゃない」と言っておられるだろうか……。

この30年間、日本経済は、日本人による、日本人のためのナショナルエコノミーをないがしろにして、ひたすら生産拠点をチャイナに移し、海外の需要をあてにし、インバウンドという名で海外からの旅行客を当て込んで、日本という国の形すらあやふやなものにさせてきた。その旗振り役をしてきた経済界と、それを追認し、そればかりか推進すらしてきた日本政府の責任は甚大だろう。

武漢肺炎の出現で、そういう路線はやはり良くないものだったということが、明らかになったのではないか。

我々はそれを突きつけられているのではないだろうか。

今ここで目覚めなければ、もう日本はだめになってしまうのではないだろうか。

目を覚ませ! と言いたいのである。

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