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2020年2月14日 (金)

武漢肺炎とわたしたち

Twitterでは武漢肺炎で盛り上がり、まさにユーザー総評論家の観を呈している。

我々一般の市井人にはこのウィルスに関する詳細はわからない。

わからないものについて憶測してみたりあれこれ論じてみても所詮は詮無いことだ。

半年もすればいずれ真相は明らかになることだろう。

Twitterで四六時中新しい情報を追いかけるのも、ある意味時間の無駄だと思う。

事態がどんな方向に行こうとも、物事はなるようにしかならない。

だから、目の前の一事を一生懸命にするのだ。

それが最も大切なことだ。

評論家やましてや活動家になるのではなく、市井人として、目の前の与えられた一事を、一生懸命にする。

それと、坂爪圭吾さんがいいことを言っていた。

いかに死なないようにするかを考えるのではなく、いつ死んでもいいように、今を懸命に生きる。

そんな内容のことを言っていた。

その通りだと思った。

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