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2020年5月28日 (木)

神経質で潔癖症な社会へ

子供の頃、例えばエスカレーターの手すりに触ったりすると、「ばい菌がついているかもしれないからやめなさい」と言われたのを思い出す。

大人になってみると、それはいささか神経質で潔癖症すぎるのではないかと思っていた。

しかし、此度の新型コロナ騒動で、そうとも言えないのではないかと思うようになってきた。

このウイルスは、8割が無症状や軽症と言われるにもかかわらず、感染力はとても強く、重症化すれば命にかかわる恐れもあるからだ。

今、世の中全体が、潔癖症化しているように思えるが、それも致し方ないのだろう。

かつては、そんな神経質な、とか、潔癖症と思われていたようなことを、標準的な行動規範として採用しなければならなくなっている。

もう元には戻れないのだろうか。

いつ、元に戻れるのだろうか。

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2020年5月27日 (水)

食事と健康

母がそういう考え方だったということもあって、健康のためには3食きちんと、栄養バランスのとれた食事をしなければならないと、つい最近まで思い込んでいた。

しかし、最近そういう考えが薄れてきたように思う。

食べたくないときは無理して食べなくてもいい。

野菜がほしくないときは無理に食べなくてもいい。

つまり、体が欲しているものを摂取すればいいと。

食事に関していい加減な妻に腹が立っていたこともあるが、逆に考えれば、食事に拘泥することの愚かさを私は学んだと言ってもいい。

どんなに3食バランスの取れた食事をとっていたとしても、病気になるときはなる。ならないときはならない。

添加物も、それを摂取したから悪いわけではない。添加物を避けていても病気になる人はなるし、ならない人はならない。

ただそれだけのことだ。

楽しく喜んで食べたらいい。

 

 

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2020年5月21日 (木)

コロナ禍での自殺者減について

この春の自殺者が大幅に減ったという。

誰かがどこかで書いていたが、新型コロナで死ぬのではないかという恐怖心が生への本能を目覚めさせたのではないか、と。

私も、大病を知らされたとき、やっぱり「生きたい」と痛切に思った。このまま死んでもいいや、とは、どうしても思えなかった。

生とは、そういうものである。

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この新型コロナの騒動も、明らかに人災という面はあるわけだし、個々具体を考えれば、大変なことだし痛ましいことだが、宇宙的な目で俯瞰して見るならば、ただそういう出来事が淡々と起こっているに過ぎないと考えられるかもしれない。

 

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2020年5月11日 (月)

コロナ自粛の日々

コロナ自粛でゆるい日々が続いている。

子供たちは学校がなく家にいると、どうしてもだらだらしてしまう。

私がきちっと仕切ってやればいいのだけれど。

こういう場合、家庭力の差というのは母親力の差なんだよね。

閑話休題。

だらだらではあるけれど、こんな日々は貴重なんだと思う。

できれば、こんなのんびりした毎日がずっと続いてくれたらなとさえ思う。

毎日、珠玉のような、子供たちとの日々を、味わって過ごしたいと思う。

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コロナ自粛のストレス

コロナ自粛の毎日が続いている。

子供らも学校がなく、家でだらだら。

それがいいのかどうなのか。

妻は極度に神経質なので、公園にも行かせない。

近所の公園では、小学生が10人ぐらい集まって、普段と変わらず遊んでいる。

マスクもせず、密接して。それじゃ、休校にしている意味がないだろう。親の教育はどうなっているのかと思う。

そうやって、人により家庭により対処に差異が出てきてしまうので、社会の軋轢も高まる。

ああ、いやだ。

 

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