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2020年7月16日 (木)

イチロー(と小田さん)に見る「天才」

最近、イチローという人にとても興味がある。

先日見た「おしえて! イチロー先生」が素晴らしかったからである。

イチローという人は天才だと思う。

天才というのは、間違いなく特殊な才能を天から授かっていて、それを自分の努力によって見事に開花させた人のことである。

そんじょそこらの人とは違う、という人である。

そういう意味では、元オフコースの小田さんなんかも天才であると言える。

天から授かった類まれな声や才能があり、それを不断のトレーニングによって開花させ、維持している人である。

閑話休題。

イチローが存分に才能を開花させた背景には、お父さんの存在が大きいのではないだろうか。

父親が才能を見抜き、例えばバッティングセンターで、「お金のことは気にしないでいいから、ボール球は見逃せ」と言った。

金がもったいない、というような親だったら、あそこまでにはならなかったかもしれない。

だから、親の存在、とりわけ才能の開花においては父親の存在は大きいのではないかと思うのだ。

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