2017年5月25日 (木)

ZARD坂井泉水没後10年

二日ほど前だったか、急にZARDが聴きたくなって、寝床の中で「forever you」を聴いた。
このアルバムを繰り返し聴いていた頃(もう22年もまえになるのか!)のことが、脳裏によみがえってきた。
あの頃見ていた情景や、感情などが。音楽とは不思議なものである。

そしたら、昨日、インターネットニュースで、「ZARDの坂井泉水が亡くなってからもうすぐ10年になる」という記事が載っていた。(wikiによれば5月27日没だそうだ。)

こういうのをシンクロニシティというのだろうか。その記事を見るまではそんなことは全く意識にはなかったのに。不思議なものだと思う。

今にして思うと、ZARDの歌は、サウンドはロックでありながら、コード進行は垢抜けていて、歌詞は生々しい恋愛を歌っていたり、そういう様々な要素の組み合わさった魅力があったのだなあと思う。

合掌。

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2016年5月 1日 (日)

小田和正さんのコンサートチケットが取れない。

今、私は怒り心頭である。
小田さんのチケットが取れないのだ。
ローソンやセブンイレブンでも、一般発売後はすぐに売り切れてしまう。

ところが、だ。

チケット販売サイトでは、一般発売前から入手可能になっているのだ。
しかも、売値は定価よりも高い。
1.5倍から4倍ほどの値段で売り出されている。
入手元が、ファンクラブとなっているからまさに驚きである。
ファンクラブを通じて先行販売されたチケットが、高値でネットに出回っているのである。

いったい、ファンクラブに入っている人は何の為にチケットを買っているのだろうかといぶかしく思う。

とがめられるべきダフ屋行為が、ネット上で堂々と行われているということに、怒りを禁じえない。

かつて、私の地元の市民会館で小田さんのsame moonのツアーが2日連続で行われた。
90年代半ばだった。
その時は、当日券も残っていた。
今ほどネットが発達していなかったからだろう。

今では、プレイガイドではなく、ネットでチケットを買うことが普通になってしまった。
それによって、チケットが入手しやすくなるどころか、ますます入手しにくくなってしまっているではないか。

ネット上のダフ屋行為を放置していても良いのか?
当局は悪質な業者を取り締まるべきではないか。
そして、普通の、市井人がもっと気軽にコンサートを楽しめる環境を整えるべきではないだろうか。

追記:記事中same moonと書いていましたが、FUN MORE TIME!の誤りでした。勘違いしていました。95年のツアーです。

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2014年8月 1日 (金)

オフコースを語る。

今年こそは、小田さんのコンサートに行きたいと思っていたのだが、チケットが取れなかった。
大阪城にせよ神戸にせよ、一般発売と同時に完売だからね。
ネットで簡単にチケットが入手できるようになってから、逆にチケットが買いにくくなった。
チケット屋に並んで、座席番号を見ながら「ここの席がいいね」なんて買っていた時代が懐かしい。
ネット時代になってから、業者がかなり買い占めているんだろう。
ネットでググれば、完売したチケットが定価の数倍で売り出されている。
こういう悪質な業者は処罰できないのだろうか。
実に腹立たしい。

さて前置きはこれぐらいにして。
mixiのコミュで面白い記事が載っていた。
松尾一彦がオフコースを語る記事だった。
以下、引用。

今回登場の松尾一彦さん(59)は、日本のミュージックシーンに名を刻む伝説のグループ「オフコース」のメンバーだった。89年の東京ドームでの解散公演を最後にすっかり姿を見なくなったが、今どうしているのか――。 「解散までの10カ月間で104本のライブをやったんだけど、キツかったわ。その分、最終のライブが終わった瞬間の解放感たるや、スゴかった。ただ、その解放感がツアーが終わったからか、それともオフコースが終わるからなのか、わからないところがあったね」  表参道駅に近いカフェで会った松尾さん、淡々と昔を振り返った。秋田県出身。もともとは「ザ・ジャネット」なるバンドのメンバー。阿久悠作詞・平尾昌晃作曲の「美しい季節」でデビューするも、パッとしなかった。 「で、東芝のレコード配送センターでバイトをしたりしてね。そんなとき、バンド仲間だった大間(ジロー)が時々ドラムを叩きに行ってたオフコースから、“松尾、ハーモニカ吹けるよな?”と声がかかったのが最初」  76年、大間、清水仁とともに、小田和正と鈴木康博の2人組だったオフコースに加わった。 「ハーモニカで先が広がるとは思ってもいなかった、ハハハ。ハーモニカ以外にもコーラス、ギター、キーボードと要するに“何でも屋”みたいな立ち位置だったね」 ■「メンバーも知らない解散の真相が飛び交った」  オフコースは「愛を止めないで」「さよなら」「YES―YES―YES」などミリオンセラーを連発。しかし、人気絶頂の89年、東京ドーム公演を最後に解散した。 「メンバーもまったく知らない“解散の真相”が世間に飛び交ってた、ハハハ。まあ、一番の理由は鈴木さんが抜けたことだね。小田さんは片腕を失って、オレらではその穴を埋められなかった。解散後、メンバーはそれぞれソロ活動を始めたけど、オレはできなかったな。オフコースではどんなミュージシャンにも負けない自信があったのに、ソロでやってくほどの自信は持てなかったんだよ」  とはいえ、オフコース時代から石川セリ、小泉今日子、岩崎宏美、稲垣潤一、とんねるず、早見優などへ楽曲提供(作曲)を行い、また、吉田拓郎、斉藤和義をはじめとしたアーティストのプロデュース業は順調だった。 「02年ごろからかなあ、ライブを再開したのは。03年にオレが作曲した『悠久の杜“My Home Town”』(歌KOKIA)がNHKの『みんなのうた』で放映されたのがきっかけで、卒業した小学校(秋田県山本郡八森町の八森小学校)の校歌の制作を頼まれたり、背中を押される出来事もあって。ステージに上がって周囲を見渡し、おカネをいただいてもいいかなって思えるようになったのも大きかった」  東北復興支援のための独立音楽レーベル「Project Next」で小田和正作詞・作曲の「言葉にできない」を自ら歌うなど東北支援にも力を注ぎ、去年、全収録曲の作曲を手がけたアルバム「忘れ得ぬ人」をリリース。そこにはオフコースの元メンバーの鈴木康博、清水仁も参加している。 「ギャラなしで引き受けてくれた。実は4年前に出したミニアルバム『せつなくて』では小田さんにピアノで参加してもらってるんだ。いくつかのパターンの音源を送ってくれて、それでいて、ギャラを受け取ってくれない。オレが活動してなくて、カネはもらえないなんて思ってるんじゃなきゃいいんだけど、ハハハ」

引用終わり。
エキサイトニュースだが、すでに削除されていた。

解散の一番の理由が「鈴木さんが抜けたことだね。小田さんは片腕を失って、オレらではその穴を埋められなかった」と、率直に語っているのがものすごく印象的。

私は、鈴木さんがいるときのオフコースが好きだった。
もっと言えば、three and two以前の、二人の時代のオフコース。

アルバム『JUNKTION』などでは鈴木さんが大活躍だと言えよう。
鈴木さんのAORテイストが、作品に彩りを添えている。
小田さんと鈴木さんががっぷり四つに組んで、互角に渡り合っている作品だと思う。

小田さんがあの三人を正式メンバーに加えたのは、小田さんの性格によるところが大きいのだろうと思う。
小田さんは、体育会系で親分肌だ。
『クリスマスの約束』を見ればわかるように、自分の目星をつけたいろんなアーティストと分け隔てなく、「一緒にやらないか?」と声をかける。

オフコースにあとから加わった三人も、それまではレコーディングのサポートメンバーだったのだが、小田さんがいつまでもそれじゃかわいそうだ、メンバーに加えてやろう、と思って、ああいう形になったのだろう。

けれどもそれは従来のオフコースサウンド(上品で大人の)を大きく変化させることでもあった。
鈴木さんはその変化に耐えられなかったのだろう。
と同時に、自分のような職人がいるのに、という理不尽さを感じたに違いない。

親分肌で体育会系の小田さんと、職人肌であくまで理想のサウンドを守りたい鈴木さんとの考え方の違いが、解散の原因となったのではないだろうか。

これを裏付ける話がyoutubeでアップされている。
吉田拓郎がオフコースについて語ったものだ。
「松尾と大間はジャネットだろ、それと清水はバッドボーイズ。全然違うのに、どうしてああいうところから引っ張ってきたのか分からない」というような内容のことを喋っている。

https://www.youtube.com/watch?v=M3Oj-1P-LHg

しかしまあ、すべては過ぎたこと。

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2014年5月 8日 (木)

キース・ジャレット騒動から考えたこと

今年はFBをやらないという禁を破ってアクセスしたときに偶然目にしたカキコが、「キースジャレットのコンサートで、客が咳やらくしゃみやら、話しかけたり、マナーを守らずに、キースジャレットが切れて中断。みんな、もっとマナーを守ろうよ」というものでした。


それに対して賛同やら、疑問やら、いろいろの反応があり、実際どんなことが起こっていたのか、ネットで調べたりして、色んなことを考えました。


いったい誰が悪かったのか?


まず、一般論としていえるのは、どんな高名なミュージシャンであろうと、高いお金をとってコンサートをしている以上は、最後までお客さんを満足させるよう努めるべきだ、ということです。大御所と言われる人であろうと、プロになったばかりの人であろうと、お金を取っている以上、それは変わらない原則だと思います。


この点で、オルガン奏者のKANKAWAさんの逸話があります。
あるデパートの営業か何かで、天候も悪く、オーディエンスもあまりいなかった。
しかし、まったく手を抜くことなく最後まで鬼気迫る演奏をしたそうです。
これぞプロ根性だと思います。


また、私の敬愛して已まない小田和正さんも、そのサービス精神というか、プロ根性はとても立派です。
8000円や9000円という額は、庶民にとっては決して安くはない。
その安くはないお金を払ってコンサートを聴きに行く以上、やはり満足感を期待します。
小田さんは、必ずその期待に応えてくれる。


個人的に、今まで外タレを何人か見てみて、彼らは日本人を馬鹿にしてるんではないでしょうか?
コンサートというものをわりと軽く見ているように思います。


プロというものはどんな環境であれ、己のベストを尽くすものだと思います。


キース・ジャレットの今回の大阪フェスティバルホールでの演奏は、完全即興で、しかもライブ盤の録音も兼ねていたそうです。


FBのカキコ主は、完全即興である以上、オーディエンスの協力が必要だというスタンスでした。
そのコメントに対して、「ははは、大阪のオーディエンスってまったく変わってないね。何年か前に大阪にキースジャレトがきた時に行ったけど、聴衆が酷すぎて、キースジャレットは大阪では聴かないことに決めた」という内容のものがありました。


大阪(だいはん)民国と揶揄される土地柄を考えればそれもむべなるかな、と思ったりもしますが、ではなぜ主催者はそんな大阪でまた同じアーティストによるコンサートを開くのか?


ここに、主催者側の責任があると思います。
聞くところによれば、ロビーでは酒類も売っていたとのこと。
酔っ払う客も出てくるでしょう。
以前に問題があった場所で同じようなコンサートを開くのは、開く側(主催者はもちろんのこと、そこで演奏することを承諾した演奏者)にも問題点はあると思いますね。


たとえば、今回の演奏はCDの録音を兼ねているので、絶対に咳はしないように、と繰り返し館内放送をして念を押しておくとか(笑)。少なくとも、酒類を売るのはNGでしょうね。


あとは、オーディエンスとしてふさわしいかどうか、事前に審査するとか(笑)。
フェスティバルホールは広すぎるので、もっと小規模なホールで、本当に音楽を判っている少人数の聴衆を相手に演奏するとか(笑)。


少なくとも、数年前と同じトラブルがあったという時点で、主催者側に咎なしという訳にはいかないでしょう。
同じトラブルを繰り返さない為には、興行主側にも工夫が必要だと思います。


この件で、朝まで「カネ返せ!」と居座った人たちもいたようです。
余り感心しないことですが、ゼニカネに厳しい大阪という土地柄を考えれば、仕方ない面もあるでしょう。


ただ私はこういうことも考えました。
現代社会のゼニカネ万能主義は行きすぎたところがあって、例えば、高級なフレンチレストランで、まるで居酒屋にいるような感じで大声で談笑したり、騒いだりする人を私は見てきました。
その場にふさわしい振る舞いをすることができない人が増えてはいるようです。
カネ払ってるんだから、というのがそういう人たちの言い分かもしれませんが、これはいただけない。
ゼニカネ万能主義の悪しき弊害だと思います。


そういうことから考えれば、コンサートにおいても、場にふさわしい振る舞いをすることが求められるのかも知れませんね。

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2010年6月17日 (木)

小田さんと私

10代前半で小田和正さんの音楽と出会ってから、今日までずっと、小田さんという人を慕い続けている。
mixiのコミュにはゲイオンリーのコミュもあるから、小田さんは、男が惚れる男であるのだろう。
もちろん、私が慕うというのはそういう意味ではない。
小田さんの音楽こそが私の原点と言ってもいいだろう。
そしてそれは今も変わらない。

最近、よく小田さんの夢を見るのだ。
例えば、学校の卒業式に小田さんが来てくれて、シークレットライブをやってくれたという夢。
小田さんと握手した夢。
ラジオ番組の取材に同行した夢。
そして、オフコースのレア音源を発掘して、未発表曲のテープを聴いている夢。・・・・・・

オフコースの小田和正は、今も、私にとって、憧れの人であり続けている。

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2008年12月31日 (水)

2008年 「クリスマスの約束」

今年も「クリスマスの約束」を見た。
正直、最初の方は、この企画もそろそろマンネリかな、と思って
冷めた目で見ていた。
しかし、番組が終わった頃には不覚にも
泣いていた。

涙腺が徐々に緩んできたのは、「東京の空」
辺りからだったろうか。新しい曲「さよならは言わない」では
もう完全に泣いていた。

テレビを通してさえ泣いてしまうのだから、
生で聴いていたらどれだけ感動していたことだろう。
これこそがまさにプロの中のプロではないだろうか。

小田さんは齢を重ねるごとにその声は太さを増していて、
説得力を増しているように思う。
そして、その歌詞においても精神性を増し、「東京の空」や
「さよならは言わない」では、すでにある精神性の高みにまで
到達したようにすら思われる。
成熟しつつもまるで青年のようにはつらつとしている。

小田さんはすでに「小田和正」という独自のジャンルを確立した
ようにすら思われるのだ。

今年は事情でコンサートに行けなかったが、これからも元気で
私たちの元にその素晴らしい歌声を届けてくれることを
願ってやまないのだ。

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2008年7月18日 (金)

スタンダードを侮るなかれ

セッションに行って思うのは、スタンダードを侮るなかれ、ということだ。
たとえば、超スタンダードと言ってもよい「A列車」。
3,4小節目をホールトーンでやるとアウトな感じがするので、
私も今までそれ一本槍でやってきた。
しかし、もっと大きい流れとしてみると、半音進行が作れて、
そのラインがとても心地よいことに(今更)気付いた。
先入観にとらわれないで柔軟な頭で見直してみれば、
いろんな角度からフレーズが作れる。
2-5-1のお決まりフレーズでも事情は同じだ。
いろんな捉え方の余地があるということだ。

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2008年6月26日 (木)

自分の演奏を聴き直すこと

リニアPCMレコーダーなるものを購入し、自分の演奏を
録音するようになってから約1ヶ月。
今日はセッションに行って、自分の演奏をたっぷり録音してきた。
帰りの電車の中で音を聴きながら、とても重大なことに気付いた。
私の演奏の悪い癖がわかったのだ。
フレーズの終わりでは腹圧を弱めずにタンギングで音を切らなければ
ならないのだが、それができていない箇所が多かった。
つまり、フレーズの終わりで腹圧が弱まっているために、微妙にピッチが
下がったり、フレーズが尻すぼみになってしまったりしていた。
こういう微妙なところが、上手・下手を分けることになる。
気を付けなければ。
今後の練習はこのことだけを集中してやってもいいというぐらいに
気にかかった。

やはり自分の演奏を客観的に聴く、ということはとても大事だ。
それができれば向上するのも早いだろう。

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2008年6月13日 (金)

サックス改造の誘惑

現在使っているヤマハのノーラッカー82Zについて、不満はないのだが、
時折改造の誘惑に駆られる。

某サックスのサイトを見ると、台湾製のサックスに特殊調整を施し、
F#キーを外したところ、マーク6に近づいたと書いてある。
音源を聴いてみてもなかなかいい感じだ。

特に関心があるのはF#キーを外すと、音が太くなり、高音部の繋がりも
よくなるらしい。トーンホールに真鍮の円盤を嵌めて半田づけをするという
工程が必要だが、素人にもそれほど難しくないらしい。

実際、マイク・スターンらと一緒にやっているボブ・フランセスキーニという
テナープレイヤーは、ヤマハ82Zのプロトタイプ(試作品)に自ら手を加え、
F#キーを取り除いた、と自分のサイトにも書いている。

いつも同じ楽器を吹いていると、不満はないのだが、ちょっと変化が
ほしくなる。もしお金に余裕があればF#キーレスのものがほしいけど、
しばしば改造の誘惑に駆られるのである。

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2008年5月29日 (木)

飯島真理

動画サイトを検索していて、飯島真理の映像を見つけた。
私が大学に入ったばかりのころ、飯島真理の「rose」や「variee」
などをとてもよく聴いていた。とても懐かしかった。
と同時に、飯島真理という人が、とても素晴らしいシンガーソングライター
であるということを再確認した。

アイドル的な童顔で、フリフリのかわいい衣裳を着て、
振り付けもあるのだが、それを見事にこなしている。

声質はとてもよくて、腹式呼吸もしっかりできていてパワフルだ。

彼女の作る楽曲は、当時流行ったフュージョンライクなもので、
しゃれたコード進行のものが多い。

まさに、かわいさも実力も兼ね備えている。

今はアメリカに住んでいるらしい。
アニメとの関係で語られたり、アイドル的な扱いをされることが
多かったのだろうと思うが、彼女の実力はもっと真っ当に評価される
べきだとおもう。

今、日本では女性シンガーソングライターが、たくさん出ているが、
どれもどんぐりの背比べのようなものだろう。
飯島真理のような才能にあふれ、しかも美を備えた人はもう出てこないように思う。

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