2007年5月26日 (土)

「国立大学費に格差」(産経夕刊)

今日の産経夕刊によると、

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医歯系高く、文系は安く
国立大学費に格差  財務省検討

「全国の国立大学で一律になっている授業料や入学金について、
財務省は26日、大学や学部の独自の教育内容や経費に応じて、
格差を付けられるようにする方向で検討に入った。現行制度では
『標準額』から最大20%増を上限に各大学が設定する仕組みだが、
横並び意識が強く大半は標準額と同額に設定している。設備に
コストがかかる医歯系や理系の学部は、これまでより高くする一方、
文系を安くするなど学費設定に経営判断と競争原理が働くようにし、
従来の体系を抜本的に見直す。(以下略)」
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亡国への一歩。
国立大学は全国何処ででも、比較的安い学費で、均等に高度な教育を
受けられるというのがメリットだったはずだ。つまり、貧しい家庭であっても
能力さえあれば高度な教育を受けることができる。その制度をなくして
しまえば、経済格差が教育格差に直結してしまうではないか。

何でもかんでも市場原理に任せればよいというのは、最近の日本の悪しき
流行である。

経済的に恵まれない環境であったとしても、努力次第でレベルの高い
教育を受けることができる制度は絶対に残すべきであり、それこそが
政府の言う「努力した者が報われる社会」ではないだろうか。

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2005年9月17日 (土)

賛成か?反対か?

「郵政民営化に賛成か、反対か」を勝手に争点にされて
実施されたこのたびの選挙。
小泉は「これは郵政法案に対する国民投票だ」とうそぶいたが、
9月15日の『日刊ゲンダイ』によれば、細かく集計したところ
賛成票3389万票vs反対票3419万票
で、反対票が賛成票を上回っていたという。

「郵政法案が国民に信任された」というのは、
大量の死票を生み出す小選挙区制度を巧みに利用した
小泉のペテンだったというわけだ。嗚呼。

『日刊ゲンダイ』は面白い。
特に面白いのが、元巨人投手の野村貴仁の連載で、
野球界に蔓延する「グリーニー」というドラッグについての告白。
米野球界は言うまでもなく、日本球界もドラッグ汚染の疑いがある
ということを告発している。

大新聞では絶対書けない記事がたくさん掲載されているのがいい。

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2005年9月12日 (月)

選挙結果

衆愚制、マス・ヒステリーここに極まれり。
あほくさすぎて、怒る気にもならない。
アメリカの日本愚民化政策が60年経って完成したとも言える。
何年か前の青島都知事、横山ノック府知事政権の誕生を思い出すなあ。
結局しっぺ返しを食らったのは選挙民自身だったけど。

哲学者の池田晶子さんは「週刊新潮」で、「私は選挙なんてものに関心がない。
あれらの人々と自分が同じ種類の人間だとは思えないから……政治とか国家とか
いうものはつくりごとで、それに気づくほかない……云々」
と書いておられるが、そこまで世を超越できたらそれもまた天晴れなり。
だがそこまで悟りきれない我々俗人はどうしたらよいか。

一つ救いは、わが岡山県民は賢明であった。
市長から鞍替えし、刺客となった萩原氏を小選挙区では承認しなかった。
郵政法案に反対した平沼氏を堂々と大差で当選させた。
天晴れ。自民党執行部の恫喝に屈せずよくやった、と思う。

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2005年9月 8日 (木)

これからの日本を考える

小泉政治とは、日本の共同体的風土を破壊し、
アメリカ的な拝金主義、合理主義に日本を造り変えること
であるように思われる。
しかし、この思想は20世紀の遺物で、
時代の新しい流れに逆行するものではないだろうか。

競争と対立ではなく、共生と互助へ。
カネやモノではなく、こころへ。
この国がそういう方向へ、すすんでほしいと
私は願っている。

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小泉政変を考える

小泉政変を考える上で、今月の『正論』に
八木秀次氏が注目すべき論文を書いている。

小泉は先の選挙で「73歳定年制」を名目に
宮澤喜一と中曽根康弘を追放した。
さらに、橋本派も追放した。
この選挙では亀井派と、さらに安倍氏までも
つぶそうとしている。
ポスト小泉は小泉氏自身なのだ、と。

この分析は正しいだろう。
なぜなら、八木氏が書いているように、
今回小泉総理に粛清された議員の中には
安倍氏と近い人もいて、安倍氏の立場は
大変微妙になっているからだ。
非情な小泉総理は、こういう「踏み絵」みたいなことを
平気でする。まさに血も涙もない。

ついでに言えば、『正論』の同じ号に
櫻井よしこさん、西岡力さん、横田早紀江さんの鼎談が
載っている。

国民の間では小泉総理は拉致被害者を
取り戻した人と思われているようだが、実際は
日朝宣言にサインしに行っただけである。拉致被害者を
取り戻すよりも、小泉総理は国交正常化を焦っている、と。

郵政民営化についてまったくわからなくても、
正常な神経を持った人間なら、
マドンナ候補だとかIT成金社長だとか、ああいう人を
平気で送り込むというのが尋常ではないことぐらい
わかるだろう。

私が小泉総理を評価しないのは、彼の話す内容が、
国民の、国民に対する憎悪を煽っているからである。
「民間」対「公務員」、「東京」対「地方」という対立を、
一国の総理大臣が煽ってどうする。

国難があるとすればお互いが互助の精神で助け合って
よりよい「国造り」をしていかなければならないはずなのに、
彼は、「ぶっこわす」ことだけしか考えていない。
40年遅れてきたゲバ学生のように。

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2005年9月 1日 (木)

西尾幹二さんのブログ

今回の解散総選挙について、保守系言論人の間でも考えが割れているようだ。
アンチ=フェミニストとして有名な林道義氏は、このたびの選挙に肯定的なようだ。
私はあまり与しないが。
そこで、西尾幹二先生のブログがとても参考になる。

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2005年8月19日 (金)

地元の困惑

ちなみに私の地元岡山では、郵政法案に反対した熊代昭彦氏に対し、
かつて盟友関係にあった現職市長の萩原誠司氏を自民党中央が擁立した。
岡山国体が開催される直前の時期でもあり、市にはその他の懸案も多数ある。
それらをすべて放棄して、氏は今月27日で市長職を辞するそうだ。
市議会はじめ、地元の人たちはとても困惑している。
地方を愚弄しているとしか思えない。
まさに中央の横暴、独裁政治である。

私は選挙民がこんなことで踊らされるほどバカではないと一縷の望みを持っている。
選挙民の良識に期待したい。

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2005年8月14日 (日)

マスコミへの違和感

最近のマスコミの小泉翼賛体制に違和感を感じているのは
私だけだろうか? と思っていたら、こんなのがあった。
森田実 政治日誌
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/TEST03.HTML
ヒトラーは今でこそ悪人とされているが、その登場時は
改革の旗手として大衆の熱狂的な喝采を浴びて
華々しく迎えられた。
「うさんくささ」をかぎわける嗅覚は大切である。

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2005年8月11日 (木)

郵政解散をどう考えるか

産経新聞では郵政解散について、おおむね小泉支持の論調である。
しかし私はそうではない。
戦後60年、日本が敗戦後歩んできた来し方行く末を考えるまたとない
機会に、郵政民営化という単なる一法案で衆院解散とは何たることか。
自主憲法制定や拉致問題解決という重要な案件が山積しているというのに。
小泉総理のポピュリズムここに極まれり、という感じである。
読売新聞では、「小泉首相はアメリカのレーガン政権と酷似していて、
一つの政策に固執しすぎている」というアメリカ人の識者の意見を紹介していた。
読売新聞の見せた良識であろう。

呆れたのは、わが故郷の岡山では、民営化法案に賛成しなかった熊代昭彦氏
の対立候補に、現岡山市長の萩原誠司氏の立候補を打診したという。
このニュースに私は怒り心頭に発した。
熊代氏と萩原氏とはもともと親しい関係にあるそうだが、そこを分断するとは。
まるでどこかの国の独裁者のようなことをするものだ。
萩原氏は市長としては絶大なる人気だが、国会議員としての実績はゼロである。
郵政民営化に賛成か反対かだけでこれまで実績のあった議員の首を切るというのは
人間としていかなるものであろうか。

中央の横暴とはこういうことだ。ここに、地方を軽視する小泉氏の本性が見て取れる。
自分のわがままを押し通すためなら、地方都市の市政がどうなってもかまわないのだろう。
それはとても生活者の視点ではない。
彼は心の底では僻地の郵便局なんかつぶれてもかまわないと思っているのではないか。

政党政治崩壊の向こう側にあるのはファシズムである。
ドイツにおいても、日本においてもそうだった。
愚かな人類は歴史の教訓をかくもたやすく忘れてしまうのだろうか。

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2005年5月19日 (木)

JR社員への暴行に思う

福知山線の事故以来、JR社員への暴行や
暴言が相次いでいるという報道があった。
事故も悲しい出来事だったが、この報道も悲しい。
日本人って、そんなに「えげつない」民族だったか?
いつからそんな国民に成り下がってしまったか?

被害に遭われた方々の悲しみは計り知れないだろう。
だが、それに便乗して置き石、暴力、暴言などを
するなど、まったく筋が通らない。

事故と全く関係ない人がそのようなことをする権利など
どこにもないはずだ。

メディアの報道によって、「関係ない」人が
あたかも当事者のように思い込んでしまうという状況は、
芸能人に対するストーカーと構図は同じである。
メディアの功罪を思う。

多くのJR職員は、おのおのが自己の職務をきわめて
まじめに遂行しているはずだ。

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